偉大なる小説家/劇作家・井上ひさしが亡くなってもう六年になる。だが「偉大なる物故作家」というレッテルは厄介なもので、その活動をリアルタイムで体験していない世代は、つい「文豪による昔の名作」みたいに一歩ひいて見てしまいがちである。

 そんなことはない、ということを証明するのが井上ひさしの徹夜本『十二人の手紙』。超絶技巧を駆使したキレッキレのミステリーだからだ。一九七八年発表、四十年ほど前の作品なのに、まったくもって古びていないから驚くぞ。

 十一話とプロローグ&エピローグから成る連作集で、全編が手紙のやりとりやメモなどで構成されている。各話それぞれに主人公となる手紙の筆者がいるから、『十二人の手紙』というわけである。

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 十二人の取り合わせと手紙の内容はきわめて多彩。北海道旅行を目論む若いOLが旧友に送る手紙。作家に自作の戯曲の感想を求める女子学生。自宅で起きたという強盗殺人を知らされる日本画家。名編「赤い手」では役所などの文書だけで一人の女性の悲劇を描き切り、『手紙の書き方』的な実用書の例文のパッチワークで書き切ったものまであって、おまけにほぼすべてにドンデン返しが仕掛けられている凝りようである。「里親」「鍵」などは、ミステリー・ファン、とくに連城三紀彦が好きな方は必読。

 さて、読み進めるうちに読者は、なぜプロローグとエピローグがあるのだろう、と思いはじめるはずである。本書はミステリーだから、そこについては触れない。井上ひさしの技巧があればこそ可能な趣向の見事さと、そこから生まれる人間ドラマとしての滋味深さに唸るべし。(紺)

十二人の手紙 (中公文庫)

井上 ひさし(著)

中央公論新社
2009年1月25日 発売

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