ミステリーに開眼したきっかけが、ポプラ社から出ていた江戸川乱歩の少年探偵団全集だったというひとは多い。これは今でもポプラ社から出ているが、現在四十代の筆者が子供の頃は、乱歩が大人向けに書いた作品も、子供向けにリライトされて同じ全集に含まれていた。だから当時の少年探偵団全集には、ひとを殺さない怪人二十面相が登場する話と、残忍な殺人事件が起こる話が平然と同居していたのだ。
『魔術師』もそんな一冊だった。名探偵・明智小五郎は、資産家の福田得二郎氏が奇妙な脅迫を受けている件に乗り出した。だが、明智が正体不明の賊「魔術師」一味に誘拐された隙をついて福田氏は惨殺される。
そのくだりは乱歩が大人向けに書いた版でも、子供向け版でもほぼ同じだが、ここがとにかく怖かった。深夜に響く笛の音。密室状態の寝室から飛び出す血染めの猫。現場に散らされた野菊の花。そして、よく見ると福田氏の死体は……というところで、子供時代の筆者は恐怖のどん底に叩き落とされた。
密室トリック自体は種明かしされてみると単純だが、その単純さとアンモラルな発想が一体化しているあたりが恐ろしい。時計台の罠も、大勢の人間が見守る中で堂々と行われるバラバラ殺人も、魔術師のあまりに凄惨な末路も、そのあとに待つ意外な展開も、何もかもが怖かった。大人になってから改めて原作を読み返すと、乱歩はこの物語を、探偵小説としてと同時に怪談としても構想したとしか思えない。骸骨は動き出し、死体からは蛇が這い出る。
大人が読んでもトラウマ級の作品、暑い夏の夜に是非どうぞ。(百)