夢枕獏原作の漫画『陰陽師』で陰陽師・安倍晴明と盟友・源博雅が生きる平安の闇と怪異を卓越した画力で活写した漫画家・岡野玲子さん。続篇『陰陽師 玉手匣(たまてばこ)』が、6年間の連載を経て、今春ついに完結した。実は岡野さんには、シリーズを再開するつもりはつゆほどもなかったという。
「外界との関係を極力絶って、友人にも会わずに仕上げたのが『陰陽師』でした。最後にやっと満足のいく晴明の顔を描けるようになった。描けて、終わるのね、と(笑)」
前シリーズ完結後、無性に身体を動かしたくなった。その時出会ったのが中東に伝わるベリーダンスだ。
「すぐにこれは凄い、と思った。準備運動の段階で、女性のベリーダンサーは、腕を振り上げるだけで天空のエネルギーを降ろしてしまう。陰陽師とか神祇官といった男性達は、潔斎してお供えをして星の名前を一つ一つ読み上げるという面倒な儀式を通し、やっと同じことが出来るのに」
そして描いたのが女神達の聖なるダンスを題材に、月の二十八相から成る『イナンナ』。連載時は毎回プロットを決めずに描き始め、どう展開するか作者にも分らなかった。
「『イナンナ』を描くことで、大丈夫、先は分らなくてもなんとかなる、という、周囲と自分への豊かな信頼に満ちた“女性性”が私の中で目覚めました。いま、私自身を含め、社会で“頑張っている”といわれる女性達は、実は、自分の中の“男性性”をフル回転している。そうではなくて、封印された“女性性”を復活させたい、という思いに駆られたんです」
そして着手したのが『陰陽師 玉手匣』。晴明の妻・真葛が繙(ひもと)く書物から、日本の国造りにまでさかのぼる神話的物語が展開する。
「2011年に『メロディ』で連載を開始してすぐ東日本大震災が起こりました。私は今、筆で絵を描くのですが、愛用の硯(すずり)の産地・雄勝町(おがつちよう)が被災しました。そこに伝わる雄勝法印神楽は言葉と舞とが巧妙な構成で楽しませながら心の本質にせまる凄いものなんです。春分を過ぎ、やっと1人の神楽師と連絡がとれました。彼は、心配する私達を逆に心配してくれるんです。いてもたってもいられなくなって支援活動をはじめ、その時、外部を断つ、という制作姿勢を変えました」
並行して高齢の親の介護も。介護で多くの女性たちに助けられながら『玉手匣』は完成した。女盗賊・匏(ひさご)の正体には作者本人も驚いたという。
「私は、イザナギとイザナミの神話で、女神イザナミが夫に疎(うと)まれ、黄泉(よみ)の国に閉じ込められたことに納得できなかったんです。古代の男性社会で封印された女神を、まず漫画で復活させたかった。そこから読者はきっと何かを感じ取ってくれるはずですから」
おかのれいこ/茨城県生まれ。1982年『エスタープリーズ』で漫画家デビュー。89年『ファンシィダンス』で第34回小学館漫画賞、2001年『陰陽師』で第5回手塚治虫文化賞マンガ大賞、06年第37回星雲賞コミック部門受賞。他作品は『両国花錦闘士』『コーリング』『妖魅変成夜話』等。