昨年末のNHK紅白歌合戦に「出演」した仮想の美空ひばりについて、賛否両論がネットで渦巻いている。あそこまで再現できたのはすごいという賞賛がある一方で、「不気味だ」「違和感がある」と反発を感じた人も少なくなかった。国民的シンガーの山下達郎さんも1月19日のTOKYO FM番組「サンデー・ソングブック」で「一言でも申し上げると、冒とくです」と批判している。

 この「AI美空ひばり」は、昨年9月29日放送のNHKスペシャルでくわしい開発経緯が描かれている。楽曲「あれから」は、広く作曲家に呼びかけて募集した中から秋元康さんが選び、それに秋元さんが歌詞を書いた。歌声を作ったのは、ヤマハのボーカロイド開発チームである。

 音色や音程などの特徴を機械学習などで抽出し、最初にできあがった歌声はかなり平板だった。美空ひばり後援会メンバーに聞いてもらうと、長年のファンだった彼女たちの評価は厳しかった。「本物のひばりさんの歌を聞くと、ものすごい濃い空気のなかにいるような気がするんですけど、空気が足りないと言うか」「浅かった」「これだとひばりさんの本当の良さが出ていない」

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生前の美空ひばりさん ©共同通信社

天童よしみさんが涙を流すシーンも

 そこでNHKは、歌声解析を研究している金沢工業大学の山田真司教授に分析を依頼する。美空ひばりの歌声には、モンゴルのホーミーのような高次倍音がひそんでいること、そして微妙な音程のズレがあることを突き止め、これらの要素を加えて再度ボーカロイドチームが歌唱を完成。これを後援会の女性たちに聞かせると、「神様を見ているような感じになって…神々しくて」とみな深々と感動したのだった。NHKスペシャルの最後には、美空ひばりを師と仰ぐ天童よしみさんが涙を流すシーンも描かれている。

 非常に面白いなと思ったのは、美空ひばりの歌唱のオリジナリティというのは、もちろん全体としての高い歌唱力には裏打ちされているのだけれども、それだけではなく、高次倍音や音程のズレという一曲の中にわずかしか含まれていない要素が大きな位置を占めているのだということ。いったい何が私たちひとりひとりのパーソナリティを決定づけるのかという点において、これは興味深いポイントだと思う。

 AI美空ひばりに長年の女性ファンや天童よしみさんは涙を流したけれども、反発する人も多かった。それはなぜだろうか。