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「今にしてみれば考えすぎていた頃だった」という落語家・柳家三三さんの“40歳のころ”

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「お客様を思い通りにしたくなってしまった」

――いつぐらいのことなんですか、悩み始めたのは?

三三 うーん、いつごろでしたかねえ……。「どうせ落語は展開もオチもみんな知っている。じゃあ自分はそれをどう喋ればいいのか」って悩んで、喋りをコントロールする方向に行ってしまったんです。で、自分の喋り方をコントロールするのはもちろんなんですけど、お客様の反応にも欲が出てきた。この噺ではここでこういうイメージを持ってもらって、ここでこういう感情を持ってもらって……、とお客様を思い通りにしたくなってしまった。

 

――まさに40歳を迎えた2014年に「男、四十にして…惑う。」というタイトルの独演会をされていますが、悩みと何か関係があったんですか。

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三三 あ、それは全然関係ないです。その年ちょうど40歳か、じゃあそのタイトルでいいやくらいの感覚で。特に不惑ってものを重くとらえることもなかったですし。ただ、今言ったみたいに、そのころからこだわりがなくなったというか、力が抜けていった感じはあります。

――力が抜けていった。

三三 ま、諦めたんですね。さっきの「自分の思っている通りにお客様にも反応してほしい」みたいな方向は違うんだと気づいたのも、だいたい40歳前後のことでしたね。

「落語の原体験を思い出していい意味で開き直れるようになった」

――その境地になるきっかけは何かあったんでしょうか。

三三 人に何か言われてだったか、師匠に言われてだったか、あるいは自分で何か思ったのか、それはちょっと忘れてしまいましたけど、「落語は展開もオチも全て決まっていますよ。同じ噺をいろんな落語家がやっていますよ。で、何か?」って、いい意味で開き直れるようになったんです。

 

 自分が落語を好きになったときのことを思い出したんですよね。小学生のとき、なんで落語を好きになったのか。僕が初めて落語を聴いたのはテレビなんです。誰のだったか忘れてしまったんですが「文違い」というもので、新宿の女郎が男を騙して金取って、それを自分が惚れてる男に貢いだら……って噺なんですが、テレビの前で、その物語に影響を与えることなく、「この先、こうなりそうだな」なんて想像しながら、ずっと覗き見しているような感覚になった。それが僕にとっての落語の原体験だった。もちろん小学生だから女郎って何なのかなんて、分かってないですよ(笑)。ただ、登場人物に感情移入したり、その人物になったつもりで聴くのでもなく、その語られている状況に自分もいるかのような思いになれるのが好きだったんです。