感染がゼロには防げないこと、不十分でも最大限の対策は取っていること、乗員と乗客の対応には差異が生じざるを得ないこと、なにより感染発覚後も船がパーティーを開くなど、船の対応がまずかったこと。最初からこれらを明らかにしていれば、批判は最小限にとどまり、船会社などに矛先が向かっていたはずだ。
外交関係者は「現場の対応に追われていたとはいえ、いつもの日本の悪い癖。特に海外へのPRでは、こちらから仕掛けていかなければだめ。後手に回った時点で負けなのは常識なのだが、いまだに日本は学ばない」と手厳しい。
中国は強硬策で感染者の数が減り始めた
これに対して株を上げつつあるのが中国だ。当初は武漢当局が隠蔽したなどとの批判も起こったが、1000万人都市の武漢を封鎖するなど前代未聞の強硬策を次々に打ち出し、2月下旬からはとうとう感染者の数が減り始めた。その間も国内の研究者が矢継ぎ早にコロナウイルスの臨床状況などをもとに論文を提出。高齢者に重症者が多いなどの詳細な臨床研究や、エアロゾル(霧状の水滴)を通じた感染の可能性があることなどを次々に明らかにしていった。
《中国の情報公開はSARS(重症急性呼吸器症候群)のころよりも様々な面で向上した。政府は問題をより早く認めた。北京政府の役人たちはさらに透明性を確保するよう決意を示してきた》
ニューヨークタイムズは1月22日の時点で、こう中国を持ち上げて見せた。
日中の明暗は否が応でもクローズアップされる
信頼性、透明性は、医療技術などをはじめ、日本が世界に誇る特質のひとつだったはず。だが、いまやIT産業だけでなく、こうした分野ですら日本が中国の後手に回りつつあることが露呈した。
幸いと言うべきか、ウイルスがイタリアなど欧米に広がったことで、日本へのバッシングは少し目立たなくなっている。だが、4月に予定されていた習近平の来日をめぐり、日中の明暗は否が応でもクローズアップされるに違いない。
1月時点では日本側のキャンセルが焦点だったが、いまや危ぶまれるのは中国側からのキャンセルで日本が汚染国としてのレッテルを貼られることだ。国賓としての来日を迎えたとしても、それはウイルス対策における中国の成功と日本の失敗を象徴する儀式として発信されることになるのかもしれない。