『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』上下(スティーブン・ピンカー 著/橘明美他 翻訳)草思社

「暴力は人間にとってどこにでもある普遍的なものです。しかし奴隷制度の廃止やソ連の崩壊の際には、大きな暴力は伴いませんでした。暴力を減少させることは可能です。実のところ歴史的にみれば暴力は減少していっているんです」

 12年前、スティーブン・ピンカーさんがこの所見を知識人たちのウェブサロン、Edge.orgにアップすると、大きな反響があった。その結果、大著『暴力の人類史』(原著2011年)が生まれる。そして2018年、ピンカーさんが上梓したのが、『21世紀の啓蒙』(日本語版は19年)だ。

「前著の刊行後、人間のウェルビーイング(精神的、身体的、社会的に満たされた状態にあること)に関心が広がりました。そこで寿命や食糧事情、健康や富、そして平和といった面からも人類の現在を調べたいと思いました」

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 すると、本書で述べられているように、人間のウェルビーイングは、歴史的に見れば向上していることがわかったという。たとえば健康的に長生きする人は世界中で増えている。食糧事情も技術の発展で改善し、人口の増加を支えてきた。

「ほとんどの人は、世の中は悪化していると信じ込んでいますが、収集したデータは逆のことを指し示しています。メディアから受ける印象とは逆なんですね。

 突発的に起きるテロ攻撃、戦争といった目を覆うような惨事は、多くの耳目を集めますが、人類にとって良いことは10年、20年の単位でみれば大きな変化が見えても、徐々にしか進まないので、メディアに取り上げられにくいのです。

 毎日のように13万7000人が極貧から脱出していますが、新聞がトップで報じることはありえませんよね。ですが過去25年間でみると、実に10億人以上もの人たちが極貧状態から救われています」

 そのメディアでいま大きく取り上げられているのは、「格差の拡大」だ。

「たしかに経済的な格差は存在していますが、全体の富はかつてよりはるかに大きくなっており、貧しい人も以前よりずっと豊かになっています。むしろ格差の拡大よりも、アンフェアネス(機会の不公正)に問題の重点を置くべきでしょう。たとえば質の高い教育や医療、選挙の透明性の確保の方が重要です」

 悲惨な話ばかり報道するメディアに接することによって、私たちは必要以上に悲観的になっているとピンカーさんは指摘する。だからこそ、「21世紀の啓蒙」活動が必要だという。

スティーブン・ピンカーさん

「アメリカでは、凶悪犯罪率が1992年以来ほぼ毎年下がっています。しかしほとんどの人が、犯罪が増えていると思っています。

 この社会はますます悪くなっているという悲観主義が、無力感や諦めにつながり、ISのような過激派や、トランプに代表されるような権威主義的なポピュリズムへの支持が広がっています。政治家が科学を軽視するのはトランプに始まったことではありませんが、目の前の“危機”を煽る話に惑わされないようにするためには、自分と意見の異なる人と積極的に意見交換するべきです。そして科学や理性を大切にすれば、世界はよい方向に向かうことでしょう」

 さて、悲観主義は日本人にも浸透しているが。

「日本は過去25年間の経済的な停滞にもかかわらず、生活レベルは世界基準でみても高く、犯罪率も低い。住むのに快適な場所です。楽観主義も悲観主義も自己予言的なので、楽観主義になった方がいいのではないでしょうか(笑)」

Steven Pinker/ハーバード大学心理学教授。認知科学者、実験心理学者。アメリカの有力各誌で「知識人のトップ100」に選ばれるなど、世界的に影響力のある知識人のひとり。主な著書に『心の仕組み』『暴力の人類史』などがある。

21世紀の啓蒙 上: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩

Pinker,Steven ,ピンカー,スティーブン ,明美, 橘 ,雪子, 坂田

草思社

2019年12月18日 発売

21世紀の啓蒙 下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩

スティーブン・ピンカー ,橘 明美 ,坂田 雪子

草思社

2019年12月18日 発売