たとえば深圳の地下鉄車内にはQRコードがはりだされていた。乗客はメッセージアプリのウィーチャットでスキャンすることを義務づけられている。スキャンすると、誰がいつどの車両に乗ったかというデータが記録される。もし、乗客の一人が新型肺炎に罹患した場合、すぐに同じ車両に乗り合わせた人物を特定し、隔離などの対策ができるわけだ。感染ルートを追っていれば、発症者が出た場合にも速やかに対処できる。
深圳で14日間の隔離生活を送った日本人
「すごい組織だったやり方で驚きました」
こう話すのは深圳市に住む日本人のWさん。住んでいるマンションで感染者が出たため、14日間の隔離生活を送ったという。そのマンションには最近、湖北省武漢市に滞在した人物が住んでいた。当局はその事実を把握し観察していたところ、ついに発症したとのことでマンション全体を閉鎖。全住民には14日間の自室待機が命じられたという。
「1日2回、病院から電話が来て体温と体調を報告するんです。それも途中でメッセージアプリでのオンラインアンケートに変わったので楽になりましたけど。食品はネットスーパーで頼んだら朝と夕方の2回、部屋の前まで届けてくれるので困りませんでしたね」
接触した人々を観察し、発症したら速やかに対処する。公衆衛生の王道を愚直に実行するためにデジタル技術が活用されている。しかも、その活用範囲は日々広がっているという。
映画を見るのにも実名登録が必須
広東省広州市に住むYさんによると、新規感染者数の減少を受けて3月初頭から一部飲食店では店内の食事が再開した。ただし注文はスマートフォンからの注文のみで、しかも名前と電話番号の記入が必須要件になっていたという。北京市では映画館の営業が再開したが、こちらもやはり実名登録が必須だという。同じ場所に誰がいたか、すぐに把握できるようにしているわけだ。
一方の日本ではデータベース化されていないどころか、アナログですら同じ場所にいた人の記録がないため、濃厚接触者を捜し出すのに関係当局が四苦八苦している状況だ。「いつどこで飯を食ったかまで政府に把握されたくない」というのは民主主義国の国民として当然の権利ではあるが、しかしながら公衆衛生の実効性という点だけを問えば、中国流の監視国家のほうが効率的なことは明らかだ。
ほんの10年前までは在日中国人に話を聞くと、「私有財産が保障されない独裁国家は恐ろしい。民主主義って素晴らしい」という意見が圧倒的だったのが、気づけば「安心できる監視国家・中国! 仏系の日本は怖いです」と逆転している。この転換を筆者は『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書、梶谷懐氏との共著)で詳述したが、新型肺炎はこの上なく鮮明な形で「安心できる監視国家」という新たな問題を我々に突きつけている。