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2020/03/14

外来語系カタカナ駅名の追随者は?

 たまプラーザのような外来語系カタカナ駅名はしばらくは追随者が出ず、強いて言えば1974年に開業した多摩ニュータウンの京王多摩センター駅(翌年に小田急多摩センター駅も)、1984年の千葉ニュータウン中央駅(北総鉄道)が挙げられるが、本格的になったのは平成に入ってからである。まずは1991年に開業した兵庫県のフラワータウン(神戸電鉄公園都市線)を始め、同じ線の南ウッディタウン、ウッディタウン中央の2駅が1996年に開業している。1998年には高松市にほど近いJR四国のオレンジタウン(高徳線)、それから2008年の越谷レイクタウン(JR武蔵野線)という具合にいずれも「タウン」が出現した。

 その他、既存のパターンには該当しないオリジナル系も今世紀に入って登場する。流山おおたかの森(つくばエクスプレス・東武野田線)、光の森(JR豊肥本線-熊本県)などだが、住宅地に限らず再開発系では横浜高速鉄道のみなとみらい(2004年)も、いかにもイマ風だ。

横浜高速鉄道みなとみらい線 ©iStock.com

 住宅地系新駅名の「流行」を概観すれば、戦前の丘から台、やがて野からカタカナ系へと徐々に変化も見られる。これらの駅名は必ずしも現地の町名に一致するとは限らないが、駅名が先にできて町名がそれに合わせるケースは少なくない。それだけ毎日多くの人が利用する駅の名称に影響力がある証拠であるが、その新しい地名・駅名の地面には、多くの「捨てられた地名」が眠っている。それらの地名は江戸時代、場合によっては古代からというものも少なくない。売れる地名・駅名を流行の気分に合わせてせっせと作った陰で、長い歴史をもつ多くの地名が捨てられた。この事実はもっと知られて然るべきではないだろうか。

ゲートウェイ三丁目のような町名が誕生しませんように……

 自動車が数年おきにモデルチェンジし、流行のスタイルを採用するのは常識として受け入れられているが、地名にもそれを適用するのは筋が違う。時代の先端をゆく流行に合わせて命名した地名のつもりでも、流行はいずれ廃れ、古びてしまうだろう。「○○ヶ丘」という地名に「昭和」のイメージを抱く人はいても、長い歴史をもった地名は古びることがない。「清兵衛新田」などと刷り込まれた名刺を見て「お、カッコイイ!」という時代にいずれなると私は確信している。

©iStock.com

 ひるがえって高輪ゲートウェイは「最先端」のつもりかもしれないが、ひと時代前の雰囲気をすでにまとっている。もしこれが高輪駅であったとすれば100年経っても古びるはずもない。願わくば東京のまん中にゲートウェイ三丁目のような町名が誕生しませんように。江戸の町奉行所のお歴々もハラハラしながら泉下で見守っているだろう。

地名崩壊 (角川新書)

今尾 恵介

KADOKAWA

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