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青アザや生傷が絶えない10年間……家庭内暴力に困り果てた家族がとった行動とは

『改訂版 社会的ひきこもり』より #2

2020/03/23

本人に隠れて「避難」の準備が始まる

 長男の生活はかなり不規則で、起きている間中母親をそばにかしずかせて世話をさせます。おかげで母親は外出もままならず、ほとんど四六時中、長男に付き従わなければなりません。慢性的な寝不足が続き、家から緊張が絶えたことがありません。会社員の父親は、一度暴力を止めに入って手ひどく逆襲されてからは、ほとんど仕事に逃避してしまっている状態です。治療者は何度となく避難を勧めましたが、母親は次男のことを気遣って、逃げるに逃げられない状態が続いていました。

 しかし次男が大学進学を機に単身生活をはじめることが決まって、母親はやっと避難勧告に応じようという気持ちになってくれました。私はさっそく両親と会って、避難の計画を立てることにしました。父親の協力が得られるかどうかが心配されましたが、避難したい旨を話すと、喜んで協力してくれることになりました。

 長男の暴力は、ほとんど毎日続いていましたが、かなり強弱の波がありました。つねったり小突いたりする程度の弱いものが何日か続くかと思えば、突発的に母親の首を絞めたり、背中を強く蹴ったりするような、激しい暴力が起こります。避難にはタイミングが重要ですから、まずそれを慎重にはかることにしました。

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母親が救急車で運ばれる事態に

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 ある日、大きな爆発が起こりました。弟が家を出てから、母親は毎週日曜日、洗濯や食事の差し入れに弟のアパートを訪れていました。その日はたまたま帰宅が遅れて、長男は苛立っていたようでしたが、母親が帰宅するなりつかみかかり、頭を強く殴りつけました。相当ひどい殴りかただったため、母親は一時目の前が暗くなり、その場に倒れ込んでしまいました。

 倒れた母親をみて、長男はあわてはじめました。日曜日で家にいた父親を呼び、「すぐ救急車を呼べ、息子に殴られたといって呼べ!」と怒鳴りつけました。父親はいわれるままに救急隊に連絡し、自分も行くという息子を強く制して留守番を頼み、近くの救急病院に母親を運びました。病院で診察を待つ間、父親は私と連絡を取り、私は電話で次のように指示しました。

「お母さんの容態がさほどではなくとも、是非入院させてもらいたいと頼んでみてください。それがダメなら、ともかく今夜だけでも泊まれる場所を確保してください。ご長男には早めに電話を入れて、しばらく入院することになると伝えてください。それから、くれぐれもお説教だけは、絶対にしないでください」