お母さんが退院する当日のこと
「そろそろ退院しないと不自然ですが、まだ家には戻れません。今戻れば、必ず暴力は再発します。お母さんがこんど電話する時は、次のように伝えてください。『検査の結果、大きな異常はなかったので、退院することになった。でもお母さんは、今度の入院中にいろいろ考えた。実は専門家にも相談してみた。もうお母さんは暴力はこりごりだ。あなたが本当に暴力を振るわなくなるまで、お母さんは家に帰らないことにした。お父さんも賛成してくれた』
きっとご本人は怒るでしょうが、これは『相談』ではなくて『宣言』なのです。ご本人が泣こうがわめこうが、けっして譲らないでください。ここで折れたら、これまでの努力はぜんぶ水の泡です」
母親は同意し、さっそく次の電話で、私の指示通りのことを長男に伝えました。はじめ長男は「もう絶対に絶対に暴れないから戻ってきてほしい」と、何度も懇願しました。それでも母親の決意が変わらないとみるや、案の定怒りはじめました。
長男「お前は俺を見捨てるのか。俺をこんな風に育てた責任もとらずに逃げるってのか。弟ばかり可愛がりやがって。そんな卑怯者はもう帰ってくるな!」
母親「お母さんはあなたに10年間も叩かれながらお世話をしてきたから、もう償いは十分にしたよ。これからは貸し借りなしでいきます。しばらくは帰れそうにないけど、でもそこはお母さんの家でもあるから、気が向いたら帰るし、電話も入れるよ」
希望を捨てず本人の変化を待ち続けた家族
長男はそれでも、絶対帰ってくるな、もう二度と電話するな、といきり立っていましたが、母親はそれには取り合わず、電話を切りました。
その後も母親は定期的に電話を入れ続けました。はじめは電話を拒否していた長男も、数日後にはまた話すようになりました。本人の話題は相変わらずで、「帰ってきてほしい」と懇願するか、「もう帰ってくるな」と怒鳴るかのいずれかでした。面と向かうとすくんでしまって長男のいうがままだった母親も、電話ではほぼ理想的に対応してくれました。必ず定期的に電話を入れ、本人に何をいわれようと冷静に応じる。これをひたすら繰り返すことが、ここでの重要なポイントでした。