仕事に就かず、外出もせず、何年も自分の部屋に閉じこもったまま……そうした状態で日々を過ごす「ひきこもり」が全国に115万人存在するという驚愕のデータが厚生労働省から発表された。
政府も対策に躍起になっている。しかし、ひきこもりになったきっかけが1人ひとり異なるだけに、全ての人に対して万能な解決策は存在しない。対策を推し進める一方で新たに「8050問題」が発生したり、東京都練馬区でひきこもりの長男を元農林水産省事務次官が殺害するという痛ましい事件が起こっていたりするのが実情だ。
そんなひきこもりについて、私たちは実際のところどの程度理解しているのだろうか。ひきこもりの治療に携ること10年、精神科医として現場で蓄積したノウハウをまとめた1冊『改訂版 社会的ひきこもり』から、ひきこもり息子の家庭内暴力を解決に導いた1つのモデルケースを紹介する。
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「避難」――ある家族の場合
ここでは私の経験したケースにもとづいて、実際にどのようにことを運ぶべきかを解説しておきましょう。ケースはもちろんフィクションですが、細部はすべて実例にもとづいて合成したものです。
もう10年以上もひきこもりと家庭内暴力が続いている事例でした。もちろん本人は、治療場面にはあらわれません。暴力の対象は、もっぱら母親と、五歳年下の高校生の弟でした。暴れはじめるきっかけは、常に些細な不満からです。母親の食事の支度が遅い、弟がTVゲームにつきあってくれない、風呂場のタオルが新しいものに交換されていない、自分がいないところで家族が楽しそうに笑っていた、そういったことの1つひとつが引き金となって、激しい暴力がはじまります。長男の部屋の壁はもう穴だらけで、無傷な家具は1つもありません。とりわけ被害を受けやすい母親は、青アザや生傷が絶えない状態です。
ひとしきり暴力をふるったあとの謝罪
しかし本人は、ひどく暴れた後ほど、泣かんばかりに母親に謝ります。母親の体を気遣い、もう絶対にしないと誓います。「そんな態度をみていると、つい不憫に思えてしまい、そばにいてなんとかしてあげたいと思う」と母親はいいます。このような献身的母親は少なくないのですが、まさにこうした関係こそが、さきにもふれた「共依存」関係にほかならないことは、あらためて強調するまでもないでしょう。