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アートの値段はどう決まる? 伊藤若冲の作品190点はなぜ日本に「里帰り」したのか?

アートの値段はどう決まる? 伊藤若冲の作品190点はなぜ日本に「里帰り」したのか?

2020/03/21
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著名コレクターから若冲作品190点を購入して話題に

――江戸の絵師、伊藤若冲(1716-1800)も、再評価を経て今の人気に至るそうですね。昨年(2019)には出光美術館が、米国の著名コレクターであるプライス夫妻から若冲作品190点を購入して話題になりました(《鳥獣花木図屏風》を含む「江戸絵画の華」展が今秋開催予定)。この「里帰り」も、氏から信頼を得ていた山口さんが仲介役だったとか。

山口 若冲は存命時から有名で、「平安人物志」(近世京都の文化人を集成した書物)にも出ているような人でした。しかし明治あたりから、日本美術史の世界では傍流扱いされてきたのです。再評価の契機としてはまず、美術史家・辻惟雄先生がその著書『奇想の系譜』(1970)で若冲らを改めて論じた功績などがありました。

 加えて、今お話に出たジョー・プライスさんによる一大コレクションの存在も大きいでしょう。彼は1950年代にニューヨークで若冲の絵に出会って購入以来、奥様の悦子さんとよく来日もして、独自の審美眼で若冲作品を収集しました。出光美術館の件は、プライスさんご夫妻が長年愛してきた若冲コレクションの一部を「日本に戻したい」とのご意向を受け、お手伝いしました。

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北斎 富岳三十六景 神奈川沖浪裏

——時を超えて世界的に人気が再燃しそうなアートは他にもありますか?

山口 日本美術であり得るのは、浮世絵、特に北斎、広重の風景画でしょう。《富岳三十六景 神奈川沖浪裏》は世界で一番有名な日本の絵です。浮世絵は19世紀後半に欧州で流行したため認知度も高く、文献も豊富。誰もが構図も色使いの凄さを感じられる。このように「共通言語」たり得るのは、世界市場で扱われる上で重要です。今も程度の良い作品が比較的お手軽な値段から入手できる。僕も自宅で現代風の額装をして楽しむなどしています。ともあれやはり大切なのは、自らの美意識でアートを楽しむことではないでしょうか。

文化を次代へ残そうという意識

――お話を伺って思うのは、オークション等の現場で動いているのは作品とお金だけではない、ということですね。

山口 もちろん、アートマーケットも資本主義経済下で誰かがお金を手にしようとする場であり、なかには完全に投資目的でアートを購入する方々もいます。美談ばかりではありません。ただ、先ほどの再評価の話然り、市場の動きがついてくることで実力のある作家がより広く知られ、重要度も増すという側面はあります。

 また、私が知り合った名コレクターの方々は、買う際も手放す際も、文化を次代へ残そうという意識が高い。加えて言えば、クリスティーズでは数万円代の品も扱いますし、私はアートが暮らしの場でより広く楽しまれ、持ち主の美意識や感性を磨くことにつながればと願っています。アートの売買をめぐる場に、そうした面もあるのはお伝えしておきたいですね。

 山口さんの話は、アートとビジネス双方への愛情と洞察に満ちた言葉が印象的だった。『美意識の値段』では、コレクター、オークショニスト、バイヤーら、各々の行動原理を支える「美意識」が交差する記述も興味深い。オークションといえば、世間ではとかく高値落札のニュースばかりが注目され、「あんな絵一枚がなぜ?」となりがちだ。しかしその舞台裏には、手法や形式に拘泥するビジネス視点では見落としがちな、「価値観の商い」の本質があるのではないか。そんな思いを抱いたインタビューであった。

インタビュー/髙木真明 文/内田伸一

山口桂(やまぐち かつら)
1963年東京都生まれ。クリスティーズジャパン代表取締役社長。京都造形芸術大学客員教授。立教大学文学部卒業。1992年、クリスティーズに入社し、日本・東洋美術のスペシャリストとして活動。19年間NY等で海外勤務をし、2008年の伝運慶の仏像のセール、2017年藤田美術館コレクションセール、2019年伊藤若冲作品で有名なプライス・コレクション190点のプライベートセールなど、多くの実績を残す。

美意識の値段 (集英社新書)

山口 桂

集英社

2020年1月17日 発売

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