3月7日、広島では37.0度の発熱で医療機関を受診し、薬をもらったのに回復せず、ようやく8回目の受診で検査してもらえて、陽性だと判明したというニュースがありました。こうしたケースを聞くと、なかなか検査を受けさせてもらえないことに、多くの人が不安になったり怒りを覚えたりするのは当然だと思います(「新型コロナ、広島で初の感染確認 安佐南区の30代男性、4医療機関計8回受診」中国新聞デジタル 2020年3月7日)。
ですが、必要と考えられる人に検査ができていなかったという問題と、軽症でも全員に検査をすべきかどうかというのは、別の問題です。
病院が大きな感染源になってしまう可能性も
こうしたニュースを利用して、社会の不安を煽ることによって、何が起こりうるか。感染症専門医が懸念する事態の一つに、人びとが医療機関に押し寄せると、PCR検査を待っている間に感染者が非感染者にウイルスをうつしてしまい、病院が大きな感染源になってしまうことがあると思います。
実際、韓国では2015年に同じコロナウイルスの一種によって起こるMERS(中東呼吸器症候群)の感染拡大が起こったのですが、その原因となったのが混雑した救急外来や病室での感染者と患者、医療従事者との密接な接触だったと指摘されています(国立感染症研究所「2015年韓国におけるMERSの流行」IASR Vol. 36 p. 235-236: 2015年12月号)。
また、今回の新型コロナウイルスも、中国・武漢だけ致死率が突出して高いのは、パニックに陥った患者が病院に押し寄せ、そこで感染を拡大してしまったことと、それによって重病者を集中的に診ることができなくなったためではないかという指摘が出始めています(東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長、川口浩「根拠ない批判が生みだす『医療崩壊』とウイルス拡大」論座 2020年3月7日)。
現段階では「デメリットのほうが大きい」と判断している
保険制度が充実している日本では気軽に医療機関にかかれるせいか、病気が心配なときは「なにはともあれ検査を受けるべき」という意識を持っている人が少なくありません。しかし、新型コロナウイルスのPCR検査に限らず、検査には異常を早く発見できるというメリットだけでなく、「偽陽性(実際には異常がないのに異常ありとされる)」や「偽陰性(異常があるのに見逃してしまう)」などのデメリットが必ずと言っていいほど伴います。
そのメリットがデメリットを上回る場合にのみ、その検査は有用と言えるのですが、実は有用であることが科学的に明確に証明されている検査は多くありません。今回の新コロナウイルスに対するPCR検査についても当然のことながら、希望者全員が受ければ重症化率や致死率が下がるという明確なエビデンスはまったくありません。
そうした中で、感染症専門医やEBMに詳しい医師は、これまでの感染症の臨床経験や検査の有用性に関する科学的知見に基づいて、「デメリットのほうが大きい」と判断しているのです。そこに、政治的な思惑が入り込む余地はありません。