ジャズからテクノ、映画音楽まで幅広く手掛ける、ミュージシャンにして文筆家の菊地成孔さんが映画評論集『菊地成孔の映画関税撤廃』(blueprint)を上梓した。一昨年の暮れ、人気番組「粋な夜電波」(TBSラジオ)が惜しまれながら終了。その際に「これから1年はメディア露出を控えます」と語った菊地さん。その後、映画との付き合いは変わったのだろうか?

菊地成孔さん

「ラジオをやってた時はまさに忙殺の日々。週の殆どは番組の選曲や構成、台本に費やしてましたから。去年からはライブやレコーディングの合間に落ち着いて映画を観て、原稿を書けるようになって」

 仕事以外ではシネコンへ通うのにハマっている様子。

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「あの人工的でピカピカした場が大好きでね。歳を取ると『やっぱ劇場は昔ながらの方が』なんて、オツな懐古趣味に走るじゃないですか。その感じは町の映画館で育った身として理解してた。だけど、いざ自分が60歳手前に至るとですね、シネコンの方が良くなったの。座席も音も満足だし。一連のマーベル映画はシネコンで全作楽しんできました。ほぼほぼカノジョとデートですけど(笑)。夫婦50割引を使ってポップコーンとドリンクを買ったりしてね。だけどマジメな話、ミュージシャンとして〈いまの空気〉に触れるのは大事。加齢で円熟ってのもアリだけど、それだけってのはヤバい。予告編や目当てでもない映画でオーディエンスと盛り上がるのは刺激的なんですよ」

 そうして「いま」を感じようとする一方、菊地さんはSNSと距離を置いている。

「論敵だろうが何だろうが、制限字数付きのマウント合戦で勝つことがSNSのルール。しかも中毒性がある。知性と体力が強くないと保(も)たないからSNSをやらないんです。でね、SNSユーザーが僕の映画評を『褒めてるか、貶(けな)してるかわからない』とディスってきたりする(笑)。そもそも評論って『泣けた!』なんてストレートに書かない芸事だから、こんにちのSNS的傾向と自然に対立しちゃうわけですが。だから僕はシネコンを愛する一方で、SNSを敬遠する中道派(ミドルスクール)なんですよ」

 その芸としての評論を集めた本書の読みどころが、微に入り細に入りなされているアカデミー賞の分析だ。

「テレビでやる賞の中継が大好物でして(笑)。アカデミー賞は『ラ・ラ・ランド』の受賞ズッコケ事件や、#MeToo旋風を敢えてシカトしたフランシス・マクドーマンドが現れたりして飽きさせない。受賞作からハリウッドの『今年のスタンス』も垣間見える。去年はキング牧師暗殺から50年の節目に、『グリーンブック』が作品賞を獲った。混戦の今年は『パラサイト』が本命だと思ってます。コリアンカルチャーのアメリカでの浸透度、朝鮮戦争から血を流し続ける同盟国へのリスペクトがついにアジア初受賞を生むんじゃないかな」

 この取材は授賞式直前に行われたもの。見事予想を的中させた菊地さんの慧眼は評論にも漲っ(みなぎ)ている。

きくちなるよし/1963年、千葉県生まれ。ジャズ・ミュージシャン、文筆家。著書に『時事ネタ嫌い』『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』『菊地成孔の欧米休憩タイム』など。

菊地成孔の映画関税撤廃

菊地成孔 ,blueprint

blueprint

2020年2月5日 発売