先日アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト』然り、韓国映画は社会問題を躊躇なく取り上げ、かつ、大胆にフィクションを織り交ぜ、それらをエンタメまで昇華しているのが魅力である。根底に強力なメッセージを込めつつ、中心にあるテーマは、大きな社会の流れと、それに翻弄されている家族などの小さな共同体、そして個人のせめぎあいであることが多い。

 そのような意識で作られた映画は往々にして、簡単に答えを出すことのできない、壮大な問いとして鑑賞者に重くのしかかる。

『パラサイト』主演、韓国映画を牽引する俳優・ソン・ガンホ ©︎getty

 韓国の現代史は激動である。そしてその歴史を貫いているのは、熾烈な環境のなかでも、変革を求めて立ち上がった多くの人々の意思だ。過去の記憶は数多の映画によって再生され、現在でも息づいている。本記事では、ここ50年ほどの韓国社会の流れを追いながら、それぞれの時代を舞台とした作品をいくつか紹介する。

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どこまでも権力に従順な庶民を描く『大統領の理髪師』

 『大統領の理髪師』(イム・チャンサン監督、2004年)は、ひょんなことから街の床屋が大統領専属の理髪師となるという設定の、コメディタッチの物語だ(Netflixで視聴可能)。

大統領の理髪師』(2004年)

 冒頭「登場する人物と事件は事実と関係ありません」と出るものの、モデルとなっている大統領は朴正煕(じつによく似ている)。1961年にクーデターで軍事政権を樹立し、強権体制を整えつつ、その後20年弱にわたって韓国の経済を成長させていく。

ポスト・サブカル焼け跡派 百万年書房

 ソン・ガンホ演じる理髪師は小心者で、政治については何も知らない。ただ、国の言うことなら素直に従い、家族を守るという信念だけで生きている。息子が共産主義者扱いを受けていわれのない拷問を受け、後遺症を残しても、彼の怒りは国へとは向かわない。

 1979年に大統領は暗殺される。彼は占い師から聞いたアドバイスを自分なりに解釈して、葬儀に掲げられた肖像の「目」の絵具の粉をこっそり抜き取って、息子に飲み薬として与える。どこまでも滑稽で、出口の見えない行動を繰り返す。圧倒的な権力が人を翻弄するさまを、これでもかと見せつけている。