『「駅の子」の闘い 戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(中村光博 著)幻冬舎新書

「駅の子」。

 なんと惨い言葉だろう。一方で、彼らの状況をこれほど忠実に表す言葉はない。戦争により親を奪われ、住むところもなく、今日食べるものにも事欠いた戦争孤児たちにとっては上野、京都といった大都市の「駅」に住み着くことでしか生きていく道はなかったのだ。

 本書は敗戦直後の日本において「駅の子」と呼ばれた戦争孤児たちを5年の月日をかけて取材したテレビドキュメンタリーを書籍化したものだ。復興から取り残され、やがて忘れられた「駅の子」の実態を80歳を超えた当事者たちが証言した内容は大きな反響を呼んだ。書籍版ではさらに番組では紹介しきれなかった内容も網羅し、戦後史の空白部分を埋める貴重な資料ともなっている。

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 著者はNHKディレクター・中村光博。1984年生まれ、30代の放送人だ。戦後70年の番組企画中に、終戦直後の京都駅前広場で撮られた少年の1枚の写真を偶然目にしたことから、戦争孤児の存在を知り取材を開始する。

 ただ「駅の子」の消息の特定は困難を極める。所在が判明しても「過去を知られたら差別される」「今さら話すことはない」と口を閉ざす当事者がほとんどだ。

「チャリンコ(スリ)」、「タカリ(恐喝)」、「掻払い」……生き抜くために子どもたちはなんでもやった。幼くして性病にかかった者もいる。

 戦前こそ「国児」として保護されてきた戦争孤児たちだが、戦後の混乱の中で放置される。GHQからの指示に政府もようやく動き出すが、最も手厚い福祉を受けるべき「駅の子」「浮浪児」は逆に社会の厄介者と位置づけられ、「狩り込み」にあい少年院同様の檻に押し込まれる。人権なんてあったもんじゃない。こうした対応は現在評者が支援している無戸籍児たちへのそれと重なる。

 役所に窮状を訴えても基本「たらい回し」。親の後ろ盾もなく、義務教育すら満足に受けていない子どもたちは自分が悪いわけではないのに「後ろめたさ」を抱くよう追い込まれていく。

 そのうち中村のもとには「二度と戦争を起こしてほしくない」との思いから取材協力を申し出てくれる人が出てくる。彼らは口元を隠しながら、あるいは母の墓の前で嗚咽しながら体験した真実を語る。

 当初「駅の子」を描くことで戦争の悲惨さを訴えることを目的としていた中村は、伝えるべきはそれだけではないと思うようになる。「駅の子」が共通して持つ絶望的な孤立感や大人への不信は、今、いじめや不登校、虐待、貧困等厳しい現実に晒されている子どもたちと共通する。現代の問題と地続きなのだ。

 若きディレクターが戦後史の空白部分を埋め、現代に起こる子どもたちの問題との接点を見つけ出すプロセスを描いた点でも本書は優れたドキュメントである。

なかむらみつひろ/1984年、東京都生まれ。東大大学院修了後、NHKに入局。現在、社会番組部ディレクター。「NHKスペシャル」「クローズアップ現代+」などを制作。『“駅の子”の闘い~語り始めた戦争孤児~』でギャラクシー賞・選奨受賞。
 

いどまさえ/1965年生まれ。ジャーナリスト。東洋経済新報社を経てフリーに。議員活動も。著書に『無戸籍の日本人』など。