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「双方向性に嫌悪を持っていた」SF作家が81歳で始めたブログに綴ったこと

井辻朱美が『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』(アーシュラ・K・ル=グウィン 著)を読む

2020/03/24
『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて ル=グウィンのエッセイ』(アーシュラ・K・ル=グウィン 著 /谷垣暁美 訳)河出書房新社

『ゲド戦記』を初めとするファンタジーや、『闇の左手』などのSFの作家として知られるル=グウィンの最晩年のエッセイ集である。

 驚いたことに、本書はすべて彼女のブログの記事だ。ずっと「ブログの双方向性」に嫌悪を持っていたそうだが、ある高齢者のブログの書籍化を読んで、では自分も、となった。それが何と八十一歳の時である。

 しかし練達の言葉の使い手である彼女は、高齢者らしく身体の不調を訴える場合も、言葉遊びやユーモアを忘れない。飼い猫パードの奇妙な行動を観察するときも、思いきり好奇心のばねを利かせ、SFの中の動物を描写するかのようだ。日常の生活のひだをつづるなかで、自分自身を主人公として、三人称で、きっちりと定位し、見つめ直す姿勢が心地よい。

 これまで『夜の言葉』(一九七九)『ファンタジーと言葉』(二〇〇四)『いまファンタジーにできること』(〇九)などの評論集で、新しいジャンルであるファンタジーについて多くの辛口の提言をつむいできた彼女だ。『夜の言葉』では、ファンタジーと無意識、あるいは昔話の論理との関連性を指摘し、ファンタジーは、ドラゴンや魔法のような定番アイテムをちりばめただけの冒険小説であってはならない、と警鐘を鳴らした。ファンタジーは文体を含め、神話や叙事詩の深淵を宿すべきものであり、ユングのいう「元型」に触れていることが必要なのだと。

 しかし、このジャンルが商業的に隆盛をきわめ、「元型」や「神話のパターン」自体を使い回す作品が多くなると、眉をひそめたル=グウィンは逆に、物語とは「現実」に根付くべきであり、昔話の類型的人物や願望充足に頼るべきではない、と言い始める。「身体的」に一体化できるような個人が必要なのだと。

 フェミニズムやエコロジーへの関心も九〇年代以降彼女の作品を彩るものとなった。七〇年代初頭の『ゲド戦記』の三巻までの読者は、約二十年後に出版された四巻で、ゲドら男性の魔法の知的世界観が転覆させられ、女性の直感や連帯が称揚されたことに驚いたものだ。彼女にとってのファンタジーとは、何だったのか。

 この最後のエッセイ集には、もはや声高な主張は見られないが、その代わりに、日常の中にある不可思議の領域つまりファンタジーへの通路が、さりげなく指さされている。

 中でも印象深いのは「二階のお馬さんたち」だ。クリスマス前で一堂に会した親戚の中で、二歳の幼女は「(丘の)上の馬たち」という言葉を聞き、上とは「二階」のことだと考えた。ル=グウィンはここで、真の空想とは無知ではなく、現実を知っているうえでこそ活性化する「領域」だと再確認する。存在を信じていないサンタクロースを楽しめる場所。神話と事実の間にはどちらの支配も受けない「無人の地」がある、と。

Ursula K. Le Guin/1929年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。作家。代表作に〈ゲド戦記〉シリーズ、おもな長編に『所有せざる人々』、〈西のはての年代記〉シリーズなどがある。2018年没。
 

いつじあけみ/1955年、東京都生まれ。白百合女子大学人間総合学部児童文化学科教授。近著に『ファンタジーを読む』がある。

暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて: ル=グウィンのエッセイ

アーシュラ・K・ル=グウィン ,谷垣暁美

河出書房新社

2020年1月25日 発売

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