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2020/03/17

政治記者文化を描いた『汚れた桜』

 そういえば毎日新聞の記者たちが出版した『汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日』が話題だが、これは「新聞論」でもあった。

 官房長官の記者会見で「厳しい質問がほとんど出ない」「質問せずに、ひたすらパソコンを打っている」という批判に政治部の経験がある記者の見解が載っている。

《記者会見などのオープンな場での取材よりも、水面下で入手する独自情報を重視する政治記者の文化だ。》

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 つまり、政治家など取材対象の懐にどれだけもぐりこめるか。そこから独自情報をとれるか。オフレコ重視の取材。これは政治部だけでなく警察・検察が相手の社会部も同じ。そのデメリットに政治家や警察に情報をコントロールされるという面がある。自分だけに情報がこないという「特オチ」という恐怖も待っている。

《オフレコ重視の文化がずっと続いてきたのは確かであり、その積み重ねが記者会見の軽視を生み、そして形骸化を生んでいる側面があることは否めない。》(『汚れた桜』)

「キャップ懇談会」の欠席がSNSで話題に

 そんななか、昨年ある晩がSNSで注目された。桜を見る会疑惑がはじけたときの11月20日、内閣記者会に加盟する各報道機関の官邸キャップと首相による「キャップ懇談会」が開かれた。食事会である。情報漏れNGという非公開の場で首相が記者たちにその場で“説明”しようと試みたのだ。

 ここで毎日新聞は「異例の決断」をし、食事会を欠席。実際に首相の声を聞いてみるのも価値があるがその場のことは「オフレコ」。聞いたことを報道できない以上、出席しても意味がないという判断をしたという。

 すると皮肉にも、この事実こそがSNSで注目されて話題になったのである。首相がマスコミを招いて食事会をしたけど毎日新聞は参加しなかったと一部で称賛された。この一件は意識の変化にさらに影響した。

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《SNSを通じて読者の反応がリアルタイムで返ってくるため、記者も「見られている」意識をより強く持つようになっているのだ。》(『汚れた桜』)

 なら、当然ながら記者会見も「見られている」意識にますます進むだろう。進まなきゃ困る。