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特集観る将棋、読む将棋

2020/03/22

「えー大丈夫かお前」ファンを置いていかない解説

「ファンを置いていかない棋士の先生が好きです」

 とある観る将棋ファンに言われた一言だ。棋士は盤の前にくると求道者になってしまい、視聴者を置いていきがちになる。

 だからこそ、初心者にわかりやすい解説をする棋士の存在は重要だ。

「えー大丈夫かお前」
「これ、やっちゃったんじゃないの」
「いやーわっしょい来たよ、わっしょい」

 これは全て深浦九段が解説で発したコメントだ。

「お前」とは深浦九段の愛弟子である佐々木大地五段をさしており、愛弟子が藤井聡太七段と激闘を繰り広げる中で深浦九段の口から思わず出た言葉だった。

深浦九段の弟子・佐々木大地五段。今年度は棋王戦挑戦者決定戦で本田奎五段に惜しくも敗れた ©共同通信社 

 後のインタビューで「あれは解説じゃなかったですね」と恥ずかしそうに語っていたが、筆者はいままで見た中で一番の解説だったと思っている。

 この解説は、一つも手を解説していない。それでいて盤上で何が起こっているのか初心者にも雰囲気が伝わってくる。文字通り、「ファンを置いていかない」解説だった。

忘れられないねぎらいの言葉

 筆者がモバイル編集長という肩書きで将棋連盟の運営に携わっていたときのことだ。長年にわたり、事業の重要な仕事を深浦九段にお願いしていた。

 一緒に仕事をする中で、深浦九段の言葉に将棋界全体を見据えた深い思慮を感じることが多かった。

「年齢」や「立場」といった、仕事上では面倒でも大事にせざるを得ないことがある。しかし深浦九段の優先順位はファンを増やすこと、喜ばせること、常にその二つが先頭だった。

 だからこそ、その言葉には重みがあったのだろう。筆者がモバイル編集長を辞めるときにいただいたねぎらいの言葉は忘れられない。

 ファンのために頑張る後輩へ優しい人なのだ。

 今度、文春将棋の「“観る将的”将棋アワード2019」で審査員をご一緒することになっている。明るいとはいえないご時世の中で、久しぶりに心踊る一時になりそうだ。