「最後は故郷に帰りたいと思っているんです」
ゴールデンゲートブリッジの見えるサンフランシスコのベイエリアで、深浦康市九段が郷里である長崎について熱い思いを口にした。その場にいた行方尚史九段と野月浩貴八段も、同じように郷里についての思いを語っていた。皆、故郷のことを胸に、東京で身も心も削って戦っているのだ。
10年以上前のこの旅で一番印象的な場面であり、いまもその情景を鮮明に思い出す。
棋界の世代交代が進むなかでのNHK杯優勝
深浦九段の戦績は、タイトル獲得3回、A級在位10期という記録もさることながら、記憶に残るものが多い。
王位戦七番勝負における、3連敗からの4連勝。そして、羽生善治九段をフルセットでくだして防衛を果たした、伝説の桂跳ね。
順位戦における悲運の数々……。
黄金世代と呼ばれる羽生九段の世代が、タイトル獲得はおろか、挑戦にも届かなかったこの1年。世代交代が進む中での深浦九段のNHK杯優勝は、再びファンの記憶に残るものになった。
もし、将棋でもパブリックビューイングが一般的だったら、長崎県は大相撲の徳勝龍関が初場所で優勝したときの奈良県のように大盛り上がりだったはずだ。
深浦九段のNHK杯優勝は、長崎県、そして九州の将棋ファンを間違いなく熱くした。タイトル戦でも目標をフルセットにおき、ファンの盛り上がりを第一に考える深浦九段だ。優勝もさることながら、ファンの喜ぶ姿に満足していることだろう。
「尋常ではない」2局続けての200手超え
深浦九段の将棋は、長手数とともに語られることが多い。2014年度A級順位戦では、最終一つ前の行方八段(当時)戦で271手、最終戦の佐藤康光九段戦では233手と、2局続けて200手を超える大熱戦を演じた。
今期の順位戦B級1組でも、初戦の行方八段(当時)戦で214手、2回戦の菅井竜也七段(当時)戦で210手と2局続けて200手を超えた。プロの平均手数は120手程度。筆者が200手指すことは年に1度あるかどうかだ。2局続けて200手超えは尋常ではない。
深浦九段は常に全力を尽くし、その姿に相手も力を引き出される。だからこそ長手数の熱戦になるのだ。