潜在能力を引き出された長崎出身の愛弟子
もう一つ深浦九段とのエピソードを。
筆者が公式戦で不振に苦しみ、モデルチェンジをしていた時期のことだ。たまたま練習将棋で深浦九段と対戦する機会があり、まだ不慣れだった居飛車の戦法で勝って自信をつけたことがある。
それ以降、不思議と筆者の成績が上向いた。深浦九段には、一局の将棋だけではなく、もっと大きな視点でその人の持っているものを引き出す力があるのかもしれない。
深浦九段は若手との練習将棋を多く行うことで知られる。そして、その胸を借りた若手が活躍する割合が高い。皆、深浦九段に潜在能力を引き出されるからなのだと思う。
最も潜在能力を引き出されたのは、愛弟子である佐々木五段であろう。同じ長崎県出身という縁で深浦九段門下となり、いまでは将棋界における師弟愛を体現する2人になっている。先ほどの、深浦九段が解説を担当した藤井七段との対戦でも見事な内容で勝利した。
次の羽生九段戦で敗れたものの、タイトルを争う本戦で彗星のごとくベスト8に進出した活躍は見事だった。その後、棋王戦では挑戦者決定戦まで進むなど、着実に実績をあげている。現在進行中の王位リーグで2連勝中で、豊島将之竜王・名人や永瀬拓矢二冠と挑戦権を争うことになりそうだ。
筆者も佐々木五段とは2度対戦がある。
佐々木五段には他の若手棋士にはない迫力とオーラがあり、将棋に対する秘めた強い思いを感じた。年齢差もあって筆者は深浦九段の若いときに盤を挟んだことはないが、もしかしたら若かりし頃の深浦九段と似ているのかもしれない。
しかしながら、佐々木五段が深浦九段の域に達するのは大変だ。
先日、B級1組順位戦最終戦で、深浦九段はいま最強の1人と目される永瀬二冠をくだした。今期は残念ながらA級復帰とはならなかったが、この勝利は間違いなく来期へつながるものだ。
やはり師匠も強い。ファンを大切にする棋士ほど息長く活躍する。苦しいときに背中を押すファンの存在が、棋士に力を与えるからだ。ファンが応援をやめないかぎり、今後も深浦九段の活躍がみられるであろう。
そしていつの日か、大きな舞台で師弟戦が行われる可能性もある。その時こそ長崎県では、地元のファン、深浦九段のファンを集めたパブリックビューイングが行われるかもしれない。
そうやってファンが盛り上がることこそが深浦九段の願いであろう。