「この映画はいままでと違う印象の作品かもしれません。人間は過去をどう生きたのか、そしてこれからどう生きるのか。国とは無関係の、人間の姿をテーマにしています」

 カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアと世界三大国際映画祭で監督賞や最優秀作品賞を受賞してきたキム・ギドク監督。その監督の最新作が、現在公開中の『人間の時間』(全国順次公開)だ。

©2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

 洋上をゆく一隻の退役軍艦。そこにはクルーズ旅行を楽しむ新婚の夫婦や有名政治家、ギャング、若者など、年齢、職業ともに多様な人間が乗り合わせていた。だが、その閉ざされた空間はやがて混乱と争いを生む世界へと変わってゆく――。そこに描かれるのは、「誰かの物語」ではなく、人間が辿ってきた長大な時間である。

ADVERTISEMENT

「人類がこれまで経験したであろう事件や災害を圧縮した出来事が乗客を襲います。私はそこで、個人の細かい感情を見せるのではなく、人間の姿を収めたいと思いました」

 人間の姿――それは、ものを食べ、排泄し、生殖する、生き物そのものの行為である。

「食べるとは、つまり生きるためのエネルギーを他の生物から得ること。そしてそれを新しい命へと繋ぐ。人間も自然界に存在する以上、その循環を繰り返してきました」

 ただ、人間は食物を生産し貯える術を身につけた。しかも、自らは汗を流さずとも、力さえあれば手に入れることのできる知恵も。

 監督はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『嘆きのピエタ』同様、力ある者の陰で、物言わずに何かを生み出す人へ眼差しを向けることを忘れていない。

「我々が日常を生きるなかで、あまり意識することのない人物を登場させています。アン・ソンギ演じる老人がそれです。問題が起きる船の中で、ひとり何も語らず、塵や土を集め、食物を育てている。この老人は“神”のような存在として、人間たちを傍観しているようにも映るでしょう。しかし、彼は私自身の意識を投影させた人物なのです。デジタル技術で社会が先進化しても、私はアナログのもの、つまり人間の手、肉体を使って生み出されるものに尊さを覚える。だから、その思いを老人に具現化したのです」

 極限下に置かれた船内で、人間は、生き物としての貌を露わにしていく。なぜ監督はそこまで人間を追い込むのか。作品に向けたメッセージのなかで、こう語っている。

《自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。そこで私は、すべての義理や人情を排除して何度も何度も考え、母なる自然の本能と習慣に答えを見つけた。自然は……人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った》

 出演は、藤井美菜、チャン・グンソク、オダギリジョーら。

「韓国映画」とくくるのではなく、普遍的寓話として捉えるべき作品である。

キム・ギドク/1960年生まれ。96年、映画『鰐~ワニ~』で監督デビュー。世界三大映画祭で賞を獲得し、「世界のキム・ギドク」として注目されている。代表作は『悪い男』『サマリア』など。

INFORMATION

映画『人間の時間』
https://ningennojikan.com/