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激動の10年間 「90年代ホークス」のベストナインを選んでみた

文春野球コラム2020 90年代のプロ野球を語ろう

2020/04/04

 1990年は球団ワーストの85敗(41勝、勝率.325/ちなみに90年首位打者の西村徳文・ロッテの打率.338!)と地獄の底に沈んだ。

 しかし1999年、王貞治監督のもとでホークスとして26年ぶり、九州の球団として36年ぶりとなる涙、涙のリーグ優勝を成し遂げて日本一にも輝いた。

1999年の日本シリーズ制覇 ©文藝春秋

 90年代はホークスにとって激動の10年間だった。

 初優勝するまでは、現在のような黄金期がこんなにも長く到来するなんて、たとえ熱狂的鷹党だとしても一体どれだけの人が信じていただろうか。それほどの暗黒時代をホークスファンは味わってきた。

 潮目が変わり始めたのは90年代中盤だ。球界の寝業師との異名をとった根本陸夫氏が93年に「代表取締役 兼 監督」に就任。その後日本中が驚いた王監督就任のレールを敷いた。そして秋山幸二をトレードで、FA権を行使した工藤公康ら他球団の主力クラスを獲得して勝利のイズムを注入。さらにドラフトでは93年に小久保裕紀、94年に城島健司、95年に斉藤和巳、96年には井口忠仁と松中信彦と柴原洋の一気獲りに成功するなど着実に常勝への種を蒔いていった。

 かくして99年の優勝&日本一となったわけだが、だからといってそれ以前のホークスに魅力がなかったのかといえば、そんなことは全くない。たしかに勝敗という結果を見れば苦い思い出がほとんど(大半?)だが、すごく個性的な選手が集まり、とても豪快な野球でたくさん楽しませてもらった。

 そこで、筆者独断(!)で、90年代ホークスのベストナインを選定してみた。選出ルールは90年代のホークスで活躍した選手だが、2000年以降も在籍してプレーした選手は除くことにする。なので、99年の優勝メンバーはほとんどが対象外となる。

 それでは、ポジション別に行ってみよう。

筆者が選ぶ90年代ホークスのベストナイン

◇先発投手(3名)
・工藤公康(99年・11勝7敗、防御率2.38)
・武田一浩(98年・13勝10敗、防御率3.62)
・村田勝喜(91年・13勝9敗、防御率3.54)

 先発投手は3人を選んだ。現監督の工藤、そして武田の両輪はチームに意識改革をもたらしながら結果でもチームを引っ張った。また、当時若手の捕手だった城島を育て上げた功績も大きい。武田は98年最多勝、工藤は99年最優秀防御率に輝くも、いずれもそのオフにチームを去ってしまった。また、村田は90年代序盤の若きイケメンエースだった。苦しい台所事情の中で3年連続2桁勝利を達成。長くチームを支えていく逸材とファンは大いに期待をしていたが、93年オフの「世紀の大トレード」で西武へ移籍すると、以降は目立った成績を残すことなく97年に中日で引退をした。

◇リリーフ投手
・下柳剛(94年・11勝5敗4セーブ、防御率4.51)
・木村恵二(95年・7勝9敗21セーブ、防御率3.20)

 リリーフは中継ぎと抑えからそれぞれ選んだ。現役22年で627試合、129勝を挙げた鉄腕サウスポーの下柳。日本ハムや阪神での活躍が印象強いが、プロ生活のスタートはホークスだった。93年に50試合、94年には62試合に登板したが、その当時は試合だけでなく試合前練習で打撃投手に登板することもあったという伝説を持つ。木村は長くリリーフ投手として活躍。しかし、98年オフに戦力外通告を受けてしまい、西武へ移籍。その翌年にホークスが初優勝を果たすというのが何とも皮肉だった。