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「一言で言えばやりづらかったです」

 MC席から見た殺伐とした世界を、彼はこう表現する。

「一言で言えばやりづらかったです。普段のように赤く埋まっているものがないし、熱気も感じられない。しかも2階の上にズラーッと50人くらいメディアがいて、みんなマスクして、こっちを見ている感じがしました。表情は見えないし、そこは正直不気味でした」

 声の伝わり方も普段と違った。

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「バスケならスリーポイントが入ったときとかは歓声が起きるから、僕の声が半分以上かき消されている。そうあるべきですけれど、それがなくて『スリィーーーーー』と変に響いている。そんな気持ち悪さがありましたね」

 しかもせっかくの試行錯誤を活かすチャンスは訪れなかった。15日は直前の異変で、試合自体が行われていない。

 開始の予定時間が過ぎても、彼の脇では長い打ち合わせが行われていた。始まる可能性が万に一つでもあるなら、気持ちを切らすわけにはいかない。いざことが起これば、状況に応じた行動を取る必要がある。

Risukeさん ©︎Risuke

審判の発熱から試合中止が決定するまで

 Risukeはそのときの心境をこう振り返る。

「色んな選択肢を考えていました。何分遅れて始まるのかな?とか。審判の方2人でやるのかな?とか。もしかしたら近くにいる審判を呼んで、大幅に時間を遅らせてやるのか?とか。次の日やるのか?とか。分からないけれど、やるなら切り替えてやろうという気持ちでした」

 予定時間から1時間と少しが経ってようやく中止が決まり、発表のコメントも固まる。Risukeは主にメディアに向けてアナウンスを入れた。

「中止しますとアナウンスをしたとき、急にカメラがずらーっと向いているのを感じたんです。『うわっ』と思って噛みそうになりました」

 ただしアリーナにピリピリした空気が漂う中で、彼は余裕を失っていなかった。中止アナウンスの直前、記録や表示を担当する女性スタッフに向けて、こんなジョークも飛ばしたという。

「最後はカメラに抜かれるので、メイクを直すのは今ですよ?とか、笑顔でお願いしますねとか。そんなことを言いました(笑)」

 無観客を経験してエンターテイメントの名演出者が改めて気づいたこと。それはお客の大切さだった。

「自分の声だけ虚しく響いていくのを経験してしまったので……。野球もバスケもそうですけど、プロスポーツがどれだけファンの皆さんに支えられているのかを痛感しました。英語だと“You complete us.”って言うんです。『あなた方がいないと試合は完成しない』という意味ですね。歓声もそうですけど、みんなの楽しそうなエナジーがスポーツの会場には溢れているじゃないですか。期待感とか高揚感とか……。それが全く無いのは一番の違和感でした」

プロフィール

Risuke:1980年5月24日生まれ。プロスポーツやイベントのMCに加えてパーソナリティ、通訳・翻訳、ナレーションもこなす声のスペシャリスト。千葉ジェッツのアリーナMC、埼玉西武ライオンズのスタジアムDJを務めている。