1ページ目から読む
3/4ページ目

あー、もうどうなってもいいや

 正直このころは仕事を辞めたくて仕方ありませんでしたが、新卒で入った会社を辞めてすでに2社目であることを考えると、簡単に辞めるわけにはいきません。

 ほとんど惰性で働き続けていた私に転機が訪れたのは、いつものように電話で「契約件数」からの相談に乗っていたときのこと。

 借り入れは1社から借りた30万円のみ。もしも任意整理で返済が早くなるならと思って電話した。どうするのが一番いい方法か教えてほしい。

ADVERTISEMENT

 もう何もかもに嫌気が差していたせいか、このとき急に「あー、もうどうなってもいいや」と思った私は、すべて正直に話すことにしたのです。誠実でいることさえ許されないなら、仕事を辞めることになっても構わない。自分が大事にしているものを犠牲にするくらいなら、他の仕事をまた探す方がまだマシです。

「任意整理、やらない方がいいと思いますよ」とつぶやいた私に、電話の向こうにいる女性は「えっ」と小さく驚きました。

 うちに依頼すると損だし、債務整理をすれば今後数年間はクレジットカードを含む新規の借り入れの審査が通りづらくなること。費用の15万円を用意できるなら、そのぶん借金を減らすことでトータルで支払う利息も少なくなること。多分あなたにとってはそれが最善であること。だから私には任意整理を勧められないこと。

©iStock.com

 全部説明すると、女性は少しの沈黙をはさんだのちに「そんなこと言ってくれる人がいるんですね」と漏らしました。言葉の意味を理解しかねている私に、彼女の声のトーンが高くなります。

「これまで何軒か法律事務所に相談をしたんですが、どこに電話しても『いいこと』しか言わないんです。それで私、こわくなって。インターネットには任意整理について起こりがちなトラブルのことも書いていたから。でも、知り合いには誰にも借金の相談なんてできないし。本当は今日もダメかと思ったけれど、あなたにアドバイスをもらえてよかった。本当に助かりました」

もしも今日、私がここにいなければ

「他の事務所も同じ有様なのかよ」と思うと手放しに喜ぶことはできなかったけれど、この言葉は私を大いに元気付けてくれました。

 私が仕事を辞めてここにいなければ、あの人はうっかりうまい話に乗せられて契約をしてしまったかもしれない。借金があることを気に病んだまま、誰にも言えずに苦しんでいたかもしれない。「専門家」にすら騙されて損をさせられてしまったら、人間不信になったかもしれない。

 私が今日「ここにいたから」あの人は一歩踏み出せたのかもしれない。そう思うと、私は自分のやったことに少しだけ「誇り」を取り戻せたような気がしました。

 怒られる覚悟で電話を切ったあと、「どうして勝手に電話を切ったのか」という上司の問いかけに「なんか急いでるから電話切るって言ってましたー」と適当に答えてみたところ、思っていたよりは詰められずに済みました。

 この日から私は、密かな反逆をはじめたのです。心を死なせてしまうくらいなら、腐って自分を嫌いになってしまうくらいなら、反逆者として「相談者の味方」になった方が健全です。もしもばれてしまったら、態度を改めるか袂を分かつのか、そのとき決めればいいと思っていました。