「許せなさ」との葛藤
私が許せなかったのは、依頼者の放置だけではありませんでした。「債務整理をするメリットがない」相談者を口車に乗せてでも、契約件数を獲得するよう強要されていたのです。
債務整理の1つである「任意整理」は、借金にかかる利息を0%にする和解を債権者と結び、以降は「元金のみ」を分割で返済していく方法です。多重債務者ほど「利息ゼロ」から受ける恩恵は大きく、月々支払った金額すべてが元金に充当されていくので、効率よく借金を完済できるメリットがあります。
弁護士事務所や司法書士事務所では、依頼者から代理人費用をもらって債権者と和解交渉をします。当時、だいたいの費用は15万円~で、債権者の数が2社、3社と増えていくごとに追加費用をもらうシステムを取る事務所がほとんどです。
多重債務者であれば、この「代理人費用」は「これから支払い続ける数百万円の利息額」より圧倒的に安くつく上、月々の支払額も低くなるので、私たちとしては「絶対に任意整理した方が返済は楽だし、トータルで支払う金額が少なくなりますよ」と自信を持って提案できるわけです。
やってること、詐欺と一緒じゃん
ところが問題なのは、借り入れ額が少額の人々です。例えば1社から借りた30万円を普通に返済しても、完済するまでにかかるトータルの利息額は数万円ほど。和解で月々の支払額は下げられたとしても費用が15万円かかり、実質本人にとっては「損」になってしまいます。ならば、うちに払う15万円をそのまま返済にあてちゃうのが一番いいはずです。
普通に考えると、こうした場合は事情を説明し、丁寧にお断りをするのが良心的なはず。しかし、火の車状態だった事務所は「お断り」を許しませんでした。
問い合わせがあった相談者との電話を切るとき、私たちには必ず「どうして契約できないのか」を上司に説明し、了承を得てから終話する決まりがありました。
「相談者にとって、何のメリットもないじゃないですか」と弁明する私に、ムッとした様子で「メリットがあるかないかは吉川さんが決めることじゃないでしょ」と頑なに電話を切らせてくれなかった上司は、社内の営業成績が1位。彼女が適当に言いくるめて契約した依頼者からは後日高確率でクレームがありましたが、「とにかく契約件数さえ獲得すれば何でもいい」と考えている彼女にはまったく気にならないようでした。
「詐欺とやってることは変わらないじゃないか」と思うようになってから、自分の仕事に対する誇りや情熱は日に日になくなっていくのがわかりました。