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寿司にスッポン、フカヒレ……

 当時の月給は12万円。それでもげそ太郎氏は、志村に対して「感謝」の気持ちしかなかったと語る。

「365日、ずっと志村さんと一緒だったので、家賃以外にお金を使うことがありませんでした。志村さんが飲みに行ったり、誰かとご飯を食べるときは、必ず『これで何か食べろ』と1万円を手渡してくれました。僕も弟子という身分でお金を稼ごうとは思ってもいなかったので、毎回ご飯代もいただいて、申し訳ない気持ちでしたね。今でも感謝しているのは、初めて食べるあらゆる高級な料理はすべて志村さんに連れていってもらった。スッポンにカウンターのお寿司、フカヒレなど数え始めたらきりがありません」

東村山に植樹された「志村けんの木」。大勢のファンが献花に訪れた ©︎文藝春秋
記念樹のカンバンには、志村けん直筆のタイトルが ©︎文藝春秋

「何で弟子のお前がやるんだ。調子に乗ってんのか」

 皆に笑いを届ける国民的コメディアン・志村。一方で、弟子に見せる“師匠の顔”は厳しかった。

「現場で志村さんから目を離したときはよく叱られました。志村さんがタバコを吸いたいときに用意が遅れたり、汗をかいたときにタオルの準備ができていないと、『オレが今、何を思って、何を考えているか読めよ。芸人は目の前の1人の気持ちを分からなくて、テレビの向こう側にいる何百万、何千万人の視聴者の気持ちがわかるわけないだろう』と注意されました。

 また、志村さんがもっとも嫌うのが遅刻です。ある日、僕が一度だけ大幅に遅刻してしまったことがありました。収録終わりの深夜3時のファミレスで志村さんに『お前、ナメてんのか! オレは1日がマイナスからのスタートになるから遅刻は嫌なんだ。“すみません”のマイナスからのスタートになることを何で弟子のお前がやるんだ。調子に乗ってんのか』と、朝の7時まで説教を受け、本当に申し訳ないと思いました」

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