まもなくお盆。子ども時代をとうに通り過ぎてしまった皆さまにおかれましても、ささやかな“夏休み”への期待に胸膨らませている頃合いではないでしょうか。とは言えこの時期、どこへ行っても混雑しているし、何より外はうだるように暑い。ならば、いっそクーラーの効いた部屋で、コーラやポテトチップスなんかをお供に、漫画でも読みながらゴロゴロしてみるなんてのはどうでしょう。避暑地でバカンスもいいけど、これぞ真に憧れの夏休みスタイル。
途中で寝落ちしてしまっても一切問題なし
さて、重要なのはどんな漫画を読むか。せっかくのまとまった時間、重厚な長編にガツーンとのめり込むというのも悪くない考えなのですが、ここは思い切って、よりゴロ寝にふさわしい漫画を選びたいものです。どこから読み始めようとかまわない、途中で寝落ちしてしまっても一切問題なし、そんなユルユルでありながらも、おもしろさは絶対保証の3作品を紹介したい。
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夏の感情の機微が蘇る さくらももこ『ちびまる子ちゃん』
30年近く日曜の夕方に君臨し続ける国民的作品であって、紹介も何もないわけですが、原作コミックスの持つおもしろさは、今なお鮮烈だ。とりわけオススメしたいのは、はまじ、ブー太郎、永沢、藤木、山田、小杉、山根、野口さんといったアニメでお馴染みのキャラクター達が頭角を現す以前の、りぼんマスコットコミックス1巻から7巻あたり。作者の実体験が濃く物語に反映されたエッセイ色の強い時期のエピソード群である。
絵は簡素で稚拙なのだが、キャラクターの表情や仕草に、センスとしか呼びようのない奇妙な巧さがあって目を引き付ける。そして、驚くのはその文字量の多さだ。吹き出しの台詞のみならず、作者のツッコミで、コマの隅々まで言葉が敷き詰められている。この言葉のおもしろさが初期『ちびまる子ちゃん』の何よりの魅力だろう。さくらももこの文体がその後のエッセイ文化に与えた影響は計り知れまい。そして、鋭敏な感受性に裏打ちされた、思い出の採集能力にも舌を巻いてしまう。
例えば、記念すべき第1話は、小学3年生のまる子の1学期の最終日から始まる。計画性に欠けるまる子は、学校から持ち帰らなければならない荷物(体操服、防災頭巾、絵の具箱、図画工作、観察用のヘチマ……)を大量に抱え、ヨロヨロと下校している。なんたる地味な物語の幕開け。しかし、どうだろう。この『ちびまる子ちゃん』以外に、“こんな時間”を描写した作品が存在しただろうか。『ちびまる子ちゃん』を読まなければ、すっかり忘れ去っていたかもしれない。夏休みの幕開けのワクワクと、夏の暑さと大荷物の重みがもたらす脱力感がごちゃまぜになったあの独特な感触を。
あるいは、遠足の準備が本番よりも楽しいこと、紅白歌合戦の途中で寝てしまう大晦日、お正月に親戚が続々と集まる高揚感、おばあちゃんの家に一人で泊まりにいくという小さな冒険、マラソン大会が憂鬱だったこと、山は後ろ向きで登ると疲れないという迷信、学校を風邪で休んだ日の過ごし方、腹痛には波があることを知った日、ワイドショーの怪談特集で眠れなくなった夏休みetc.……ささやかだけども、忘れてしまいたくはない様々な記憶や感情の機微が『ちびまる子ちゃん』のおかげで豊かに蘇る。巻末に収録されている『ももこのほのぼの劇場』もいずれも名作揃い。絶妙なリリカルさが泣かせます。