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2020/04/22

『鉄道員(ぽっぽや)』では乙松と高倉健が重なって見える

映画『鉄道員(ぽっぽや)

 高倉健が演じる主人公の乙松は、妻と娘に先立たれた孤独な駅長だ。職務に忠実で、鉄道員という仕事に責任と誇りを持っている。ただ、それだけに家庭より仕事を優先した。妻と娘、どちらの死に目にも立ち会わず、駅で列車を待ち受け、送り出していた。

 ちなみに高倉健自身も両親の葬儀に出ていない。『高倉健の美学』(文藝春秋)によると、ある雑誌のインタビューで「オレひとり抜けるとスケジュールが根本的に狂っちゃうんだから」「おやじは典型的な九州人だから、ぼくが男として恥ずかしい行動を取らなかったことで、きっとわかってくれると思う」と語っていた。

 そんなエピソードを踏まえて本作を観ると、乙松と高倉健が重なって見える。吹雪の中でプラットホームに立つ健さんはものすごくカッコいい。『鉄道員(ぽっぽや)』は、高倉健が吹雪の中で毅然と立つ、その情景を見せたいために作られた映画かもしれない。

映画オリジナルのキャラクターを演じた

志村けんさん ©︎文藝春秋

 そして映画の中で、志村けんは乙松と同様、仕事に励む炭鉱夫として登場する。福岡から流れ着き、長男を育てるために働くけれど、スト破りを巡って仲間と1対数人のケンカを始める。そこに居合わせた乙松と親友の鉄道員、仙次が荒っぽく仲裁する。

 志村けんの役どころは正義感の強い、ただし短気な男。コントで魅せるコミカルな様子は一切無く、敢えて言えば泥酔の演技がコント仕込みだ。でも、乙松の高倉健と、仙次の小林稔侍に両脇を抱えられた後ろ姿は笑いより哀しみが勝る。ああ、この役は志村けんじゃなきゃダメだな、と納得がいく場面だ。

 実は、原作に志村けんが演じた炭鉱夫は登場していない。映画オリジナルのキャラクターだ。もっとも、原作は乙松と劇中の「ある奇跡」に絞った短編で、映画では随所に原作にないエピソードが追加されている。原作は「実直一筋で生きてきた男に、ちょっとした幸せが訪れる」という話。映画は乙松の周辺の人々を詳しく描き、真面目一筋の乙松がいかに愛されているかを際立たせた。