もちろん、これは有権者が愚かだというわけではない。全ての有権者が複雑な現象の原因と結果を政策と結びつけて理解できるわけではなく、認知上のバイアス(好ましいと思うことに引き付けて解釈すること)や党派性が投票の基準になるためだ。
こう考えると、コロナ・ウイルス対策のように、専門家の間でも場合によっては意見が分かれる政策は、有権者が冷静に判断できるものではない。そこで政治に求められるのは、単に安心感を提供できるかどうか、なのである。
安倍政権の支持率低下 日本はなぜ例外?
そう考えると、日本の特殊さが際立つ。というのも、コロナ・パニックを受けて安倍政権の支持率は低下傾向にあるからだ。3月中は持ちこたえていたものの、直近の4月10-13日の世論調査では支持率は前月から5ポイント下がって40%、2月以来となる不支持率(43%)との逆転現象を経験している(共同通信調査)。
トランプを含めて各国指導者の支持率が上がる中、なぜわが国の総理の支持率だけが下がっているのか。確かに政府の対策に不満は寄せられてはいるが、死者数をみても、他国ほどひどい状況ではない。外出禁止措置についても、他国のように罰則があるわけではなく、市民生活を過度に逼迫させるものではない。
日本という例外を作っているのは、そこにもうひとつのポピュリズムが潜んでいるからとの仮説が成り立つ。
安倍政権とは対照的に、支持率を上昇させているのが小池東京都知事だ。東京オリンピック・パラリンピック延期を受けて支持率が下降していた都知事の起死回生のチャンスを提供したのが、今回のコロナ・パニックだった。支持率は2019年12月をボトムに上昇し、今では80%近い支持率を保っている(産経新聞FNN合同調査)。
都知事は、3月25日に「ロックダウン」や「オーバーシュート」といった強い言葉を使いながら、国に先んじていち早く外出自粛要請を都民に行い、その後、中央政府が緊急事態宣言を出す下地を作った。4月7日に緊急事態宣言が出された後には、より幅広い業種の自粛要請を政府に対して求め、事業者あたり50~100万円の協力金を約束、国が当初模索していた世帯への最大30万円の「給付金」よりも安心感のある約束を打ち出している。
医療保健や教育行政などの規制や運営の現場は、日本では地方自治体に任されている。特措法に基づく非常事態宣言も出す主体は政府だが、指定や要請の責任主体となるのは各自治体だ。このため、身近な行政機関は、日本では強い政治不信の対象となっている中央政府よりも住民への安心を供与できる、より大きな存在なのだ。