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わたしの「神回」

2020/04/28

主人公2人は、実はかなりの高齢だった

 若々しい姿でクラブへ繰り出していたヨーキーとケリーは、本当はふたりともかなりの高齢であった。ヨーキーは何十年も寝たきりで、ケリーは老人ホームに入っている。

 ふたりは週に5時間だけ許可を得て、様々な年代――80年代、90年代、00年代――の架空の都市に訪れ、バカンスを楽しんでいたのだ。

「訪問者」であるふたりは限られた時間しかサン・ジュニペロに滞在できないけれど、肉体は安楽死により死を迎え、意識のみクラウド上のサン・ジュニペロに残し永遠の生を生きるという「脱出」という手段もある。

 この現実の全てがヴァーチャルで可能だとしたら、あなたはどんな選択をするのか?

「脱出」の是非を巡って争うヨーキーとケリーの姿は、可能な限りオンラインでの代替を模索しているわたしたち自身に対する問いかけでも、あるだろう。

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 要するに「サン・ジュニペロ」は女と女のラブストーリーであり、なおかつSFドラマでもあるのだった。

 そしてこの作品に限って言えば、SFは女と女の愛を祝福している。物語で用いられるSF的設定は、ほとんど祝福の手段であるように思われるのだ。

フィクションで、女性と同性愛者はやたらと死ぬ

「サン・ジュニペロ」において用いられるSF的設定が、女同士の愛を祝福する手段になっている、とはどういうことだろう?

 物語のSF的設定の根幹をなすのは、サン・ジュニペロが架空の都市であり、肉体としての死を迎えた後も自身の意志で意識をクラウド上に移して永遠に生き続けられること、つまりは死が「終わり」にならないというところにある。

 ヨーキーとケリーは、物語の中で死を迎える。けれどもそれは、紛れもないハッピーエンドなのだ。なぜなら彼女たちは、肉体が死してなおサン・ジュニペロでふたりで幸せに生き続けているのだから。自ら望んで、「ふたりで生きる」未来を選び取るのだから。

 このことは、女性が、また女性を愛する女性が、しばしばフィクションの中で悲劇の死を迎えていたことを重ね合わせて考えれば、大きな意味を持つ。

Tate, London. From A History of Painting Volume VIII by Haldane MacFall [T. C. and E. C. Jack, Lodon & Edinburgh, 1911.] Artist: John Everett Millais (Photo by The Print Collector/Getty Images)

 あるいはBury your Gays(ゲイ埋葬)という言葉が英語圏にある。物語の中の同性愛者はとにかく、死ぬ確率がやたらと高いのである。

 そして「死んだらおしまい」なのだ。サン・ジュニペロへの「脱出」を巡って言い争うふたりの言葉に出てきたように、「脱出」が存在しない世界では。