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わたしの「神回」

2020/04/28

 けれども、ヨーキーとケリーの物語は違う。

 それは「脱出」が可能な世界――死んでも「おしまい」じゃない世界、死がバッド・エンドではない物語の世界――なのだ。「サン・ジュニペロ」は明らかに、Bury your Gays(ゲイ埋葬)をなぞりながら見事にその意味を反転させている。物語はそのSF的設定によって、長くかけられてきた「呪い」を「祝福」に変えているのである。

これまでの歴史に対する意識

 主人公2人が「訪問者」として様々な時代を行き来する「サン・ジュニペロ」は、これまでの歴史を引き継ぎつつも未来を見据えて塗り替えていく仕掛けに満ちた作品である。

 Bury your Gays(ゲイ埋葬)に対する先に述べた反転の他にも、歴史に対する意識はいたるところに見える。

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 たとえば作品全体の色彩となっているネオン・ピンクとディープ・ブルーは、バイセクシャルのプライド・フラッグの色である。ふたりのすれ違いの舞台となる1996年は、同性婚に対する反動としてのDOMA(結婚防衛法)が成立した年である。

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 あるいは、車に乗って笑い合いながらキスをするヨーキーとケリーを観て、女性映画の傑作と名高い『テルマ&ルイーズ』(1991)を思い出した人もいるかもしれない。

 性犯罪に傷つけられた女たちの逃走劇を描くこの作品では、女たちが生き続ける未来は描かれなかった。ふたりは手を取り合い、車で走り回り、キスをして崖からそのまま落ちていった。90年代にはおそらく、女と女が離れ離れになるのでもふたり揃って死んでしまうのでもない未来、そのまま生き続ける未来を描くことができなかった。

©iStock.com

 笑いあってキスをして、崖から落ちてしまうのではなく素敵な音楽でドライブを続けて、ふたりで永遠の生を生きる女たちを、ヨーキーとケリーを、わたしたちはどれだけ待ちわびていたことだろう?

 物語は、“Heaven Is a Place on Earth(天国は地上にあり)”の高らかな歌声と共に車に乗ったふたりがどこまでも走り続けるシーンで終わる。わたしたちは地上に天国を作り上げるのだ、と。文字通りには語義矛盾のような、それでいてあまりにも麗しい祝福と勇ましい決意に満ちたこの曲は、「サン・ジュニペロ」の物語を見事に表わしているように思う。

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