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「金正恩は脳死に準ずる深刻な状態」韓国で出回った“怪文書”の中身

2020/04/22

「北朝鮮の金正恩労働党委員長が手術を受け、その後、重体になっている」 

 4月21日、米CNNのこの報道に韓国は騒然となった。 

金正恩労働党委員長 ©Getty Images

「金正恩は深刻な状態」14日の時点で出回っていた怪文書

 この前日には、韓国の北朝鮮専門ニュース『デイリーNK』が「(金委員長が)心臓血管手術を受け、妙香山の施設で治療中」と報道していた。中道系韓国紙記者は言う。 

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「『デイリーNK』の記事が出た時点で当局などに確認しましたが、特別な動向はないという話でした。それに、選挙前にも似たような怪文書が出回っていたので、信憑性は低いと判断していた。しかし、CNNは米政府当局者の話としていたので、騒然となりました」 

 実は、総選挙前日の4月14日、同じような内容の怪文書が韓国では出回っていた。一部抜粋しよう。 

「手術失敗で金正恩は現在、脳死状態に準ずる深刻な状態。まだ死亡はしていない模様。北朝鮮内部クーデターや強制軟禁状況ではないという話。動くことは確実に不可能な状態で、正常な状態にまで回復することはないと見られる。死亡か否かは公式発表の前には確認は不可能」 

 こうした内容に続き、金与正労働党第一副部長が名目上、表舞台に出てくる可能性や、平壌の動向などについても書かれていた。 

 この怪文書はその日のうちに、2014年にすでに出回ったものだということが判明し、「危機感を煽って野党の保守党に投票を誘導するため、保守層が”北風”として流したものではないかと憶測されています」(前出記者)。 

保守勢力の選挙工作か

 「北風」とは、北朝鮮の脅威を浮き彫りにすることで、北朝鮮と対峙する韓国の保守勢力を有利に導く戦略のこと。1987年の盧泰愚元大統領が当選した大統領選挙ではKAL爆破事件の犯人で、北朝鮮の元工作員だった金賢姫を選挙日前日に韓国に連行してきた。

 そして、1997年の大統領選挙では当時、優勢だった進歩派の金大中元大統領を落選させようと保守派が北朝鮮に武力行為を要請したことが発覚しており、この顛末は映画『工作 黒金星と呼ばれた男』(韓国で2018年、日本では2019年7月公開)に詳しい。保守派の計略が明るみに出たことで、この時の大統領選挙以降は「北風は効果なし」といわれてきた。 

 2014年にこんな怪文書が出回ったのは、当時、金正恩委員長の公式の動向がひと月以上、確認されなかったという背景がある。40日ぶりに現われた金正恩委員長は杖をつき、足を引きずった姿だった。後に韓国の国家情報院は「足首にできた嚢腫を除去する手術をした」としていた。 

金正恩労働党委員長 ©Getty Images

 今回の『デイリーNK』や米CNNの報道も4月15日の「太陽節」に金委員長が姿を現わさなかったことが背景にあるといわれている。「太陽節」とは、金委員長の祖父、故金日成主席の誕生日のことで、北朝鮮にとっては「民族最大の祝日」。毎年、この日には金委員長が幹部と共に遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を参拝するのが通例だったが、今年は初めて姿が見えず、何か異変が起きているのではないかと囁かれていた。