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ジョンソン英首相、小池都知事、橋下徹氏……突然「福祉」にシフトする政治家たちを信用できるか?

イギリスのリベラルは「横領」された?

2020/04/26
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 おそらく人びとの神経を逆なでしたのは、そのような保守党のジョンソン首相が、「私たちの」NHSという言葉を使ったことではないだろうか。というのもたとえばSave Our NHSだとか、Keep Our NHS Publicといった形で、「私たちのNHS」と叫んできたのは、保守党の緊縮政策に反対する運動の側だったからだ。ジョンソン首相の「私たち」はそれを横領するものだった。

 ジョンソン首相は、「社会というものはある」のビデオメッセージで、2万人の元医療従事者がNHSに戻ってコロナ対策に従事していることへの感謝を述べているが、その2万人の中には、保守党の緊縮政策のために職を失った人びともいるのではないか?

©iStock.com

ブレグジットのイギリス医療への影響は?

 さらに、ここにはブレグジット(イギリスのEU離脱)問題がからんでくる。退院後のビデオメッセージで、ジョンソン首相は彼の看護をした看護師の名前を挙げて謝意を示した。そして、彼を48時間にわたって看護したという二人の看護師に特に謝辞を捧げた。そこで彼がつけ加えたのは、その二人の看護師はそれぞれニュージーランド人とポルトガル人だったということであった。

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 これを、多国籍・多文化の助け合いの美談として受けとめるのは、素朴に過ぎる(どうも日本でそのような受容があるようなので、これを書いているのだが)。むしろ、ここでも、正しい反応は「どの口が言うか」であろう。

 ジョンソン首相は、2016年に国民投票が行われたイギリスのEU離脱運動に関して、離脱派の急先鋒の一人であった。EU離脱のキャンペーンは、排外主義的な感情に訴えるポピュリズム戦略をとったが、ボリス・ジョンソンはまさにそのような感情を煽動してきた人物だ。

 そして、EU離脱がいよいよ現実のものとなった現在、離脱がNHSに及ぼす深刻な影響を憂慮する声が上がっている。というのも、NHSで医療に従事している人びとの多くは移民であり、EU離脱によってその人たちがイギリス国内で就労できなくなると、NHSそのものの運営に支障をきたす恐れさえあるのだ(例えば伏見香名子「EU離脱で英国の魂である医療制度が崩壊も」『日経ビジネス』2018年10月17日 )。

 皮肉にもならないが、ジョンソンのEU離脱キャンペーンの有名な主張に、「イギリスは週3億5000万ポンドをEUに送金しているが、離脱すればそれをNHSに使える」というものがあった(このスローガンでラッピングしたバスは離脱キャンペーンの象徴となった)。

 この週3億5000万ポンドという数字はフェイクであると批判されたのだが、現代のポピュリズム運動らしく、こういったフェイクのセンセーショナルな情報が国民投票を左右していったのである。

「イギリスは週3億5千万ポンドをEUに送金している」のラッピングのバス ©getty

 さて、そのようなフェイクで実現したEU離脱はNHSを助けるどころか、移民排斥によってそれを危機に陥れている。その主犯たるボリス・ジョンソンが、移民のNHS看護師に自分の命を救ってくれたと謝辞を述べる。「どの口が」と言いたくもなろう。