新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はパンデミックとなって世界を覆っている。
戦争との比較を忌避する人もいるが、国家の役割、そして国家と市民との関係がこれほどまでに厳しく問われる事態は、戦争を除いてはそうそうない、ということは確かだ。そして、COVID-19の危機をどうやって脱するかという喫緊の問題と同時に、私たちはその国家と市民との関係をもう一度根本的に問いなおさなければならない。
それを考える上でひとつ、気になる傾向がある。それは、世界の多くの政治家たちが、ここ数十年の傾向とは逆行する形で、国家による福祉を重視し強調し始めているという、とりあえずは理解の難しくない傾向だ。
大反響の「社会というものはある」発言
それを象徴したのが、イギリスの首相ボリス・ジョンソンであろう。ジョンソン首相は3月27日に、新型コロナウイルスに感染していることが発表され、首相官邸に自主隔離していたが4月5日に入院。一時は病状の悪化が伝えられたが、12日には退院した。
自主隔離中の3月29日、ジョンソン首相はビデオメッセージを発した。そこで注目されたのは、彼が締めくくりの言葉で、医療関係者に感謝を述べつつ、「コロナウイルスが証明したのは、本当は、社会というものはあるということでした」と述べたことだった。
これがなぜ話題になったのかは後で述べるとして、退院した12日、彼は再びビデオメッセージを公表した。
It is hard to find the words to express my debt to the NHS for saving my life.
— Boris Johnson #StayHomeSaveLives (@BorisJohnson) April 12, 2020
The efforts of millions of people across this country to stay home are worth it. Together we will overcome this challenge, as we have overcome so many challenges in the past. #StayHomeSaveLives pic.twitter.com/HK7Ch8BMB5
その冒頭で彼は、「間違いなくNHSに命を救われた」(NHSとはNational Health Service(国民保健サービス)のこと)と切り出し、メッセージの後半を「私たちのNHS」への賛辞と、それを守ることの必要性の訴えに費やした。
みずから新型肺炎に罹患し、それを克服しながら、イギリスの共同体精神とその体現としての医療体制を称賛することによって、ジョンソン首相はかなり株を上げたように、私の目には映った。
リベラル系の知識人がジョンソン首相を称賛?
イギリス在住で、ジョンソン首相とは政治的に相容れない立場の人びとも、とりあえずこの間のジョンソン首相を批判することにはためらいが見られるようになった様子であるし、また日本でも、とりわけリベラル系の知識人がジョンソン首相のメッセージを称賛する姿が見られたのに驚いた(それは、返す刀で日本の首相のふがいなさを批判するためだったとはいえ)。
そのような様子を見て、私自身は非常に居心地の悪い思いを抱かざるを得なかった。ジョンソン首相は、そのような称賛に値する政治家だったのか? 「社会」発言や退院後のメッセージは、それまでのジョンソン首相の政治性とはずいぶんかけ離れているのではないか?
この違和感を説明するために、まずはジョンソン首相のメッセージの文化的意味を説明しておこう。最終的には、これはイギリスだけの問題ではなく、日本も含む、コロナ禍に覆われた世界全体の問題だと分かるだろう。