人間は命の危機を感じる状況に追い込まれたとき、どんな行動をとるのか。そして、何を思うのか——。つり人社の「マジで死ぬかと思ったシリーズ」から、衝撃的な体験談を紹介する(出典:『釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談3』)。(全4回の3回目/#1#2#4を読む)

 当時、私は体力には自信があった。しかし老人とはいえ、溺れかけた人間にしがみつかれた時の力たるや、想像を絶するものだった。

 

体験者:M.O 岩手県在住。サクラマスに魅せられた男たちが集うS倶楽部に所属。

 

マジで死ぬかと思った度 ★★★☆

こんな時間、こんな所で泳ぐ奴いないべ

「あれ人じゃないですか?」

「ブイだろ?」

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「いや、人間ですよ!」

「まさか!? こんな時間、こんな所で泳ぐ奴いないべ!」

「そうですよね。11月に泳いだら、死んじゃいますよね」

 平成8年11月の夜10時を過ぎた釜石漁港魚市場前での、こんな会話から事件は始まった。

 海の近くに住みながら普段は全く海釣りをしない僕はこの日、高校時代の恩師と小アジのサビキ釣りに、自宅から10分ほどの岸壁へ自転車でやって来た。常夜灯の真下に陣取り、ワンカップを飲みつつ、高校時代のやんちゃ話などをしながら、小アジの小さなアタリと引きを楽しんでいたのだ。

 釣りを始めて1時間くらい経った頃、僕らの後ろを、お婆さんが通り過ぎて行ったのを僕は見ていた。僕らが釣り座にしていた場所は、釜石漁港の一番奥の常夜灯のある場所で、この先には海上保安庁の建物と税関があり、そこは一般人の立ち入りは禁止されている所である。そんな所へ、こんな時間にお婆さんが1人で向かうのは変だなぁと思いつつも、釣り(酒?)に夢中になっていた。

自転車を漕ぎだした途端、人の呻き声が…(写真はイメージ) ©︎iStock.com

自転車を漕ぎ出した途端、人の呻き声が……

 10時を過ぎ、いいあんばいに魚も釣れ、ボチボチ帰り仕度を始めるかと思った時、確かに水面を叩く音が聞こえた。しかし、先ほどまでイトを垂れていた海面に変わったようすはない。常夜灯の明かりが海面を照らし、その先は、月明かりがぼんやり海面を照らしているだけだ。

 ところが、その薄暗い海面に、先ほどまでなかったような気がするブイのような物が浮いている。少し気になった僕は、冒頭の会話のように、先生に切り出してみたのである。

 しばらく2人でようすを見ていたものの、どうやら何事もなさそうなので、先生のお宅で飲み直すことにして、自転車を漕ぎだした。

 その瞬間である。「ギャー」もしくは「グエェー」という、なんとも表現しがたい人の呻き声が、静まり返った水面のほうから確かに2人の耳に聞こえたのだ。

「ヤバイっすよ。やっぱり人間ですよ!」

写真はイメージ ©︎iStock.com

 僕が絶叫すると、先生も慌てて持っていた懐中電灯で海面を照らし始めた。すると先生も「O君、お爺さんが溺れている!」と、ただならぬ事態に慌てている。