人間は命の危機を感じる状況に追い込まれたとき、どんな行動をとるのか。そして、何を思うのか——。つり人社の「マジで死ぬかと思ったシリーズ」から、衝撃的な体験談を紹介する(出典:『釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談5』)。(全4回の2回目/#1、#3、#4を読む)
猛然と林道を走って来る母グマ。とっさに谷側へと跳んだ私の後ろで、怒り狂った野生も跳躍した……。
体験者:S.T 秋田県の生まれ。フリーライターで取材カメラマン、山岳・渓流ガイド。
マジで死ぬかと思った度 ★★★
注意すべきは人間のほう
私はクマを怖い動物だと思っていない。長く山を登り続けていれば必然的に出会う、森のケモノの一員だとみなしているからだ。
人間はいざ知らず、すべての動物と鳥たちには、結界と呼んでいい警戒領域がある。たとえばスズメが遊んでいる場所に人間が近づいて行くと、ある時点でいっせいに飛び立つその距離が、スズメの警戒領域である。
警戒領域は生物が外敵に対していだく防衛本能である。それは野生に比例し、その動物や鳥たちの闘争能力と逃走能力に反比例する。人間に馴れた家畜は警戒領域を持たないし、深い森の小動物や小鳥は遠くからでも外敵を察知し、逃走と飛翔に備えるのである。
クマもまたその例に漏れない。クマは人間を怖れる動物だということを、多くの人が知らない。
それでも不幸な出会いというものがある。それは互いの存在を知らないまま、クマの結界のなかで不意に出会ってしまう悲劇だ。
クマは身を守るために当然のように攻撃を仕掛けてくる。そうなれば人間は死にもつながりかねない手ひどい被害を受けることになる。
これまで報道されたクマの被害の多くがこれである。なかでも報告の多いのが春のタケノコ採りの事故で、クマもタケノコは大好物だから、見通しの利かない密藪のなかで、双方が夢中になる。ともに同じ動物として好物を求めているさなかの危険なら、クマだけが悪いということにはならない。注意すべきは人間のほうなのである。