親方「最初はすごい緊張しましたけどね。なんだか知らないけど、サッチーに怒られるんじゃないかと(笑)。でも、実際はサッチーとても優しかったですね。羨ましいぐらい夫婦仲もよくてね。いつも野村監督の右隣にサッチーは座っていて、左手は野村監督の膝に手を添えて……醤油もサッチーがついであげたりね。すごく気の利く感じでした」
野村一家3代が揃う寿司屋での団らんのひととき。
親方「TVから流れる野球中継。巨人対横浜だったと思うんですけどね。野村監督の生解説を聞きながら寿司を握らせていただきましたね。カツノリさんに球種などを尋ねながらね……。大変贅沢な時間でした。あと、私アンチ巨人ファンなんですよ、なんてサッチーに言うと、そういう人に限って本当はジャイアンツファンなのよねえ、と切り返されましたね(笑)」
ノムさんのボヤキのおかげでインポータント・データ・スシ
親方「初めてのお客さんなので、何から握りますか? と聞いたのですが、 野村監督からは 『この寿司屋はいちいち言わないと寿司が出てこないのか』とボヤキをいただきまして……。それからはより一層お客様の好みを分析するようになりましたね」
それはまさしく、ID寿司(インポータント・データ・スシ)。光り物が好きなのか嫌いなのか、マグロは赤身派かトロ派なのか。迷ったら原点回帰で江戸前の漬けマグロを握ればいいのかーー。素晴らしき寿司屋にも通じる『ノムラの考え』。
そして、この日は、こんなファインプレーもあった。
親方の息子(現『笹鮨』ヘッドコーチ・健太さん・43歳)が、野村監督の食べたネタを全てメモしていた。光り物からはじまり、白身、小鰭、穴子、カニ、タコ、ホタテ、赤貝、ムシエビ、サヨリ、シャコ、アジ……。そして玉子、のり巻で締めた“配球”ならぬ“配鮨”が丁寧に記録されていた。
親方「この息子のメモのおかげで、2度目の来店時にもスムーズに『おまかせ』をご提供できました。野村監督は、光り物に穴子……仕事を施している江戸前のネタとカニが大好物でしたね」
メモを取る習慣が弱者を強くするーー。野村監督退任後も、野村家との縁が続いたのは、もしかすると、このメモがきっかけなのかもしれない。最近では去年の年末にカツノリ一家が来店してくれたのだ、という。
イーグルスの選手、コーチ、球団スタッフにもなお愛され続けていて、平石前監督や三木監督などイーグルスの歴代監督の御用達の店ともなっているようだ。
親方「でも首脳陣が来るとね、選手がこれなくなっちゃうのでね(笑)。選手と首脳陣が相席してバッティングしないように調整していたりしますよ」
せっかくプライベートで寿司屋にきたのに、会社の上司がいたら萎えてしまうのはプロ野球選手も同じ。そんな気遣いをみせる親方だ。
そして『笹鮨』も当然、このコロナ禍により苦境に立たされている。
親方「宮城県でも緊急事態宣言が出て以来、要請に従った形で営業をしています。昼は2時間、夜は17時-20時、お酒は19時まで。寿司食べたいから開けてくれ、というお客さんもいますしね。売上は下がっていますよ。でも寿司屋ですからね、テイクアウトも出前もやれますから。さすがに犬鷲寮(※注:泉区、『笹鮨』からだいぶ遠い)まではもっていけませんけどね(笑)」
楽天イーグルスは12球団で唯一、球団施設を利用しての自主練習を認めていない。5月2日、石井GMはチーム活動休止の当面の継続を発表した。『笹鮨』のお客でもあった元イーグルスの枡田慎太郎も、自分が配達したら喜ばれるかも……という思いと国分町の知り合いのお店を助けるため、ピザのデリバリーに挑戦中のようだ。
終わらぬ不安に押しつぶされそうななか、正直、野球どころではない。緊急事態宣言が解除されない状況で、みんな生きることで精一杯、だ。
このプロ野球が始まらない世界をみて、ノムさんは天国でなんとボヤいているのだろう。美味しい寿司を食べながら野球を見られる時期は、一体いつになるのか。
自宅でテイクアウトした寿司を口いっぱいに頬ばりながら、アメトーーク!の録画を見直すことぐらいしか今の僕にはできない。
コロナが終息したら寿司屋で飲みながらみんなで野球談義しに行こう、とZoom越しに親方を取材しながら、心に誓ったのである。
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