鬼軍曹の異名を持つマリーンズ・鳥越裕介ヘッドコーチの原点はホークスで二軍監督を務めていた09年に遡る。監督に就任したばかりの頃、忘れられない出来事があった。入団したばかりの新人選手たちの親から頭を下げられた。「ウチの子供を宜しくお願いします」。当時、30歳代後半。選手たちの親は自分よりも年上ばかりだった。身震いがした。
「これはえらいことだと思った。子供は親にとって大事な存在。監督、コーチというのは人の宝物を預かっているということだと気が付いた。預けてもらったからには親のように愛情を込めて、しっかりと見てあげないといけないと。自分の子供のように時には厳しくしないといけないと思ったね」
それから全身全霊で選手と接した。必死にグラウンドでの選手たちの一挙手一投足を追いかけた。なにか変化はないか。心は前を向いているのか。気の緩みは見逃さなかった。徹底的に若者たちと向き合い、一緒に大粒の汗をかきながら野球を教え込んだ。そして野球以上に、人としてのあるべき姿勢の基本を教えることを大事にした。
「プロ野球選手は長くやっても15年。20年なんてほんの一握り。人生のほんの一部に過ぎない。野球が上手いからいいでしょという人間にはなって欲しくない。野球での成功以上に大事な事はある」
同じ方向を向くスリッパを見て……ホークス時代に気が付いた事
難しい事を言うわけではない。常日ごろから大事にするのは人としての基本中の基本。それはまず挨拶だ。球場入りの挨拶。食堂に入ってくるときの挨拶。スタッフへの感謝の挨拶。一日の様々な場面で挨拶は行われる。挨拶を軽視することは許さない。そしてなによりも挨拶は相手に伝わらなければ意味をなさない。大きな声で相手に伝わるようにと指導する。もう一つ、見逃さない基本がある。それは整理整頓。ロッカーはもちろん、ウェートルームに並ぶ大量のシューズや浴場の前のスリッパの乱れを認めない。選手たちに注意をする。
ホークス時代に気が付いた事があった。それまで乱れていた浴室のスリッパが、ある時を境にきちんと並んでいるようになった。綺麗に同じ方向を向くスリッパを見て確信した。
「このチームは勝てると思ったんだ。不思議なんだけど同じ方向を向いている沢山のスリッパを見て、選手たちの気持ちが同じ方向に向いていると思えた。足元から心の統一を気付くことができた。その年、本当に優勝できた」