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「自粛警察」になってしまう人たちの心理とは

なぜ「普通の人」が正義を暴走させるのか

2020/05/12

genre : ニュース, 社会

 緊急事態宣言にともなう自粛要請が長期化するにつれ、「自粛警察」と呼ばれる動きが活発になってきている。公園にいる子どもに「うるさい」と怒鳴る、外出や買い物を「店シメロ」→「店シメロ」「次発見すれば、警察を呼びます」などと張り紙をする、また県外ナンバーの車はあおり運転の被害に……。他にも、ツイッターやSNS上での非難の書き込みも相次いでいる。

写真はイメージです ©iStock.com

 それにしても自粛警察なんて呼び名、いったい誰が名付けたのか?

「不謹慎狩り」「犯人探しこそが正義」……タイプ別自粛警察

 差別を生む、嫌がらせになるとして、専門家らは冷静になるよう呼び掛ける。だがなかば揶揄として“警察”と名付けられたことで、彼らの正義感が助長されてしまった感もなくはない。実際、警察に通報があったという話も聞くほどだ(法律に反していなければ、通報したところで意味はないのだが)。

 さて自粛警察と一括りにしているが、そこにはいくつかのタイプが存在すると思われる。1つは新型コロナウイルスの感染拡大以前から、「不謹慎狩り」と呼ばれていたような行為を行う人々だ。震災が起きたのに「楽しそうな画像をアップした」、「コメントしたのは不謹慎」などと芸能人などをバッシングしていた。ネット上では「社会正義の戦士」と揶揄されることもあり、彼らの正義感に深い信念はなく、ひたすら不謹慎だと自らが判断する人を見つけ出し叩く。

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 2つ目は、自粛警察の行為が犯人探しのゲームのような感覚になっている人たちだ。先日、帰省先の山梨県で感染が確認された後、都内の自宅へ高速バスで戻っていた女性のケースでも見られた。県が女性の行動を公表したこともあり、誹謗中傷だけでなく名前や勤務先等を特定しようと情報が飛び交った。誰がいち早く犯人を捜し出せるのか、ゴールにたどり着けるのかが過熱していき、「犯人探しこそが正義」という考えから、自己の行為を正当化し過大視する傾向が強い。犯人探しに自分が貢献しているという充実感やワクワク感、情報を得て公表できたという達成感などがたまらないのだろう。

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第3の自粛警察「緊急事態宣言でデビュー」型

 3つ目は、緊急事態宣言によってデビューした“いわゆる自粛警察”の人たちだ。中には上記2つのタイプも紛れ込んでいる。自粛要請に応じているかどうかを監視し、取り締まる行為を行う彼らは「行き過ぎた正義」、「正義の暴走」、「歪んだ正義」とされ、正義中毒とも呼ばれる。

「正義」は「公正」と同義とされることも多い。政治哲学者のジョン・ロールズによると、正義は平等な自由と公正な機会均等だという。緊急事態宣言により平等な自由は失われ、自粛要請に従わない人たちとの間で不公正が生じている。自粛警察の正義の根底には、奪われた自由への不平不満と、それによって膨れ上がる不公正感が沈んでいる。