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桂文楽師匠をムッとさせた人生最大の選択――林家木久扇の直感力

 右に行くか左に行くか、人生が180度変わってしまうような場面ではどう選択するのが吉か? 『笑点』でお馴染みの“天然キャラ”林家木久扇師匠が初の生き方指南本を上梓。新著『イライラしたら豆を買いなさい 人生のトリセツ88のことば』(文春新書)より、珠玉のエピソードをご紹介します。

©杉山拓也/文藝春秋

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日頃の仕込みが直感力を生む

 人生の折々の場面で、直感力があるかどうかで、自分の行く末は大きく変わりますね。職業の選択とか、結婚の決断とか、ここぞというときの判断には、やっぱり動物的な嗅覚が必要だと思うんです。

 僕の人生で一番大きな分かれ道は、やっぱり先代の八代目林家正蔵(彦六)師匠のところへ入ったこと。先代の正蔵師匠は怪談噺や芝居噺を得意にしていて、僕の落語とはあまりに芸風が違うけど、よい選択をしたといまでも心から思っています。

 僕が最初に入門した三代目桂三木助師匠は、わずか半年ほどで亡くなってしまったんですね。三木助師匠のとこには、僕を含めて4人の弟子がいた。葬儀が終わってしばらくすると、柳家小さん師匠(五代目)と桂文楽師匠(八代目)が訪ねて来て、弟子を4人並べて「おまえさんたち、どこに行きたいんだい?」というんです。まだ真打になっていないお弟子さんは、師匠がいなくなると、どこかの一門に入らなくてはならないですから。

 兄弟子たちは楽屋で働いているので情報を持っていて、みな口々に「小さん師匠」と言う。あっという間に3人の行き先は決まりましたが、僕は師匠の家の子守りばかりやってたから、楽屋に行ってなくて情報がなかったんですよ。

©杉山拓也/文藝春秋

 みんな黙ってるけど、小さん師匠と文楽師匠がいらしてるんだから、バランス上ひとりは「文楽師匠」と言わないといけない。

 そのときパッと思い出したのが、正蔵師匠のこと。三木助師匠のお見舞いにいらしたとき、ポチ袋にピン札の3万円を入れて太い字で「お見舞い」と書いておかみさんに渡していた。おかみさんが「うちのお父ちゃんは有名なんだけど寝ちゃうと一銭も入ってこないのよ。いまはこれが一番嬉しいのよ」って喜んでいたのを思い出した。それでとっさに、「正蔵師匠」って言ったんですよ。

 そしたらみんなシーンとなっちゃって。

 何だろうこの静寂はと思ったら、文楽師匠が甲高い声で、「わかりました、じゃあ私からヨッちゃん(林家正蔵。本名・岡本義)にそう言っておくから」って言って帰られた。あとで三木助師匠のおかみさんが、僕のことひろしさんって呼ぶんだけど、「ひろしさん、なんであんなこと言っちゃうのよ、正蔵師匠なんて文楽師匠と一番仲が悪い師匠なのよ。あんたてっきり文楽師匠って言うのかと思ったらなんで!」って。