肉親の変死や自殺、失踪、借金騒動に子宮摘出……という一つだけならまだしもなかなかコンプリートされることがない重ためな体験談は、普通に書き起こせばつらくて読み進められないものになりうる。料理に例えれば「血生臭いだけで飲み込めないジビエ」のような。
しかしヘビー級な食材も、アルテイシアさんの手にかかれば気軽に口に放り込めるスナック菓子になる。泥と血と体液にまみれ横たわるイノシシをここまでの食べやすさに仕上げる裏には、尋常ではない苦しみを乗り越える凄まじい熱量の力が働いてるはずなのだが、そのあたりを強調はしないものの無いことにはせず、添え物のピクルスくらいの軽妙さで表現する。この“出来事昇華調理力”がアルテイシアさんの凄さの一つであり、彼女の著書の醍醐味である。
本書でもそれが遺憾なく発揮されており、特に中盤の「毒親の送り方」は突き抜けている。「俺が死んだらおまえのせいだ」という、人間が子どもに対して最も発してはいけない言葉を使い、娘であるアルテイシアさんから金をむしり取っていた父の死。「遺体、自殺、葬式、絶縁、棺桶」といった言葉が毎ページ登場するのに、「あはは」と声を出して笑ってしまう。出た言葉の重さと深刻さをその場で調理し笑いをふりかけてくれるから。
そんなアルテイシアさんは父親に対しても生前はもし「病気・介護・認知症……とかなったら(略)無視したいけど、私の性格的に完無視はできなくて、金銭援助したりするんだろうな。(略)そんな思いが、いつも心のどこかにあった」という。そうならずに済んだことにこちらも心の底からホッとするのである。
強靱な生命力で裸一貫、自分の人生を生き抜いてきたアルテイシアさんは、オタク格闘家の夫というドでかい絆創膏を手に入れた。パニック状態で八つ当たりした時に「俺はいつでもキミの味方だろう」と背中を撫でてくれたり、女のムダ毛を嫌悪する男性に対し「人間が猿から進化したのを知らないのか? キミは共和党員か」とツッコんだり、ヒドい元カレへの復讐方法(カマキリの卵を敵の家に送る等)を考えてくれたりする夫。読んでいるこっちにもものすごい癒し効果がもたらされる。
それはアルテイシアさんの夫が、私たち女が共通して持つ痛みの部分に触れないでくれるからだろう。女たちが生まれた時から体に染み込ませられている「女や妻はこうあるべき」という呪いを、ありきたりな男はさらにかぶせかけてくるものだが、アルテイシアさんの夫はそれらを軽々とスルーし、自分の言葉で女を人間として扱う。女たちが二度も三度も傷つけられることが当たり前の男社会で、結果的に女も男も傷つけない夫の数々の名言・珍言をユーモアで紡ぐ本書は、私たちにとっても最強の絆創膏だ。
アルテイシア/神戸生まれ。作家。大学卒業後、広告会社に勤務。夫との出会いから結婚までを綴った『59番目のプロポーズ』でデビュー。『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』など著書多数。
たぶさえいこ/1978年生まれ。漫画家。著書に『母がしんどい』『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』など。