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7歳で車を運転、11歳で銃を所持

 金正日の子どもたちは皆、4メートル半の鉄の門と壁に囲まれた屋敷に閉じ込められるか、元山の海辺の別荘に隔離されながら、贅沢そのものという暮らしを送っていた。ソニーのテレビやコンピューターがあり、テレビゲームの「スーパーマリオ」シリーズで遊ぶこともできた。さらに、ヤマハやスタインウェイのピアノもすべての屋敷にあった。

 子どもたちには広々した遊び部屋が用意され、ヨーロッパのどこのおもちゃ屋よりもたくさんの遊び道具が与えられていた。山のようなレゴとプレイモービルに、絶対に全部完成させられないほど大量のジグソーパズル、驚くほど本物らしい弾丸を込めたプラスチック製ピストルがあった。それに、豆自動車は想像しうる限りあらゆる種類がそろっていた。それどころか、金正恩は本物の自動車と本物の銃も持っていた。車は7歳の彼でも運転できるよう父親が特別に改造させたものだ。また、銃は45ミリ口径のコルトを与えられ、11歳のときには尻に着けていた。

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 屋敷にはそれぞれ、木製パネルで音響効果を高めた防音仕様の大きなホームシアターがあり、明かりが消えるのに合わせて黒いビロードのカーテンが開いた。子どもたちは柔らかいアームチェアに座り、『ベン・ハー』や『ドラキュラ』、「ジェームズ・ボンド」シリーズを観ることができた。

 キッチンにはケーキやフレンチ・ペストリー、スモークサーモン、パテのほか、マンゴー、メロンなどの熱帯産フルーツが置いてあった。また、洋服はサムソナイトのスーツケースに詰めて運ばれてきたイギリス産の生地による特注品で、歯磨き粉は輸入物のコルゲート製品だった。

 庭は子どもたちが「公園」と呼ぶほど大きく、人工の滝から落ちた水が人工の湖に注いでいた。敷地内の移動にはゴルフカートかペダル付きオートバイを使った。また、クマやサルが入った檻もあったし、屋敷によっては大きなプールや屋内外の射撃場も備わっていた(*3)。

*3 屋敷や敷地内の設備については、オニール著『The Golden Cage』より。

遊びの間に垣間見える絶対的な権力

 藤本によれば、金正恩は試合の分析に夢中だったそうだ。選手たちの長所や短所を指摘し、いいプレーをしたと思えば称賛を送り、そうでなければ叱責したという。

 金正恩は藤本が持っていたホイットニー・ヒューストンのCDを藤本のウォークマンで聞いたり、屋敷のコートでバスケットボールをしたりして過ごした。多くの場合、王子たちのバスケットの相手は、特別に連れてこられた子どもたちが務めた。

 藤本は「確固たる理由をもって適切な評価を下す能力が彼にはありました。いつ褒めるべきか、いつ批判すべきかわかっていたのです」と振り返る。選手をどれほど厳しく叱ったかを話すとき、金正恩は笑みを浮かべていた。彼は、指揮官としての技術を練習しているかのようだった。そして、絶対的な権力が呼び起こしうる恐怖を楽しんでいた。