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東京五輪音頭2020に抜擢されたのが“お祭り男”星野源ではなく、“ガテン系”竹原ピストルだったのはなぜ?

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竹原ピストルはタオルを首に巻いた“労働者枠”

速水健朗 ©佐藤亘/文藝春秋

速水 椎名林檎がちょっと叩かれているのも、その流れかもね。

おぐら 反対に、竹原ピストルは無骨で、不器用で、垢抜けてなくて、洗練とは別のベクトルで愛される素養があります。タオルを首に巻いて「今日もお疲れさんです!」みたいな。

速水 労働者のイメージはたしかにあるね。

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おぐら 映画『永い言い訳』でも長距離トラックのドライバー役を演じていて、かなりハマってました。

速水 首からタオルは、星野源じゃあり得ないし、その活動も労働っていうイメージじゃない。アーティスト活動、またはマルチタレント活動だよね。なるほど、やっとわかった。竹原ピストルが東京五輪音頭に抜擢されたのは、当時でいうまさに三波春夫枠なんだ。それなら合点がいく。『チャンチキおけさ』って出稼ぎ労働者の歌なんだよ。つまり労働者枠。

おぐら 三波春夫は「お客様は神様です」のフレーズが有名くらいしか知らないですね。

速水 そのレベルか。三波春夫は大衆民謡歌手だけど、戦後最大の「お祭り男」でもあるんだよね。彼が背負ってたのは、炭鉱労働者の悲哀。ジャズ評論家の平岡正明が戦後の炭鉱労働と結びつけて語っている。『チャンチキおけさ』って聴く分には陽気で明るい歌だし、三波春夫は満面の笑みで歌うんだけど、歌詞はまったくそうではない。彼の出身地である新潟には、佐渡金山があるしね。

おぐら 改めて歌詞を読むと、出稼ぎ労働者が遠く離れた故郷を思いながら、路地裏の屋台で酒を飲んでいる悲哀の歌っていう感じですね。

速水 発売されたのは1957年だから、もう60年前。そもそも三波春夫自体がシベリアに長期抑留されて帰ってきたという経歴の人物で、当時のソ連の共産主義の洗礼も受けているんだよね。

「炭鉱労働者の悲哀」を背負って歌う三波春夫 ©文藝春秋

おぐら 竹原ピストルがお茶の間にも知られるようになったのは「よー、そこの若いの 」という曲で、働けなくなったときのリスクを訴える生命保険のCMに使われました。〈とかく錯覚してしまいがちだけど 例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで 必死じゃない大人なんていないのさ〉と歌っています。これ現代の労働歌として響きますよね。

速水 星野源は、ドラマ『逃げ恥』の平匡さんじゃないけど、ITなんかの都市的頭脳労働者、第三次産業的なんだけど、竹原ピストルはガテン系の第二次産業を代表してしまう説得力がある。

おぐら アメリカなんかでも、工場労働者が無視されているような政治環境がずっと続いたせいで、トランプが支持されたわけですよね。いまどきのツルツル男子やシティポップになじめない旧来的な労働者層にとっては、竹原ピストルのほうが性に合う。

速水 うん、ようやく納得できてきた。

おぐら 建築家のザハにしても、アートディレクターという肩書きの佐野研二郎にしても、都会派の洗練されたイメージがいけ好かないと思われて炎上した節がありますよね。汗もかかずにオリンピックマネーでがっぽり稼ぎやがって的な。

速水 そうね。だけど、竹原ピストルがオリンピックの仕事をしたところで、がっぽり稼いでるなんて批判は出なさそう。なんとなくのイメージでしかないんだろうけど。

おぐらりゅうじ「髪切りました」©佐藤亘/文藝春秋

おぐら いっそのこと、東京オリンピックの開会セレモニーは、椎名林檎と竹原ピストルが共演するっていうのはどうですかね?

速水 歌舞伎町の女王=水商売と、ガテン系タオルおじさんの組み合わせか。おそらくいま進行しているであろうオリンピックの方向性とは、まったく違うんだろうけど。

おぐら 選手たちも必死に汗かいてトレーニングしてるんだから、みんなも頑張って働こう!というメッセージ。

速水 労働がテーマのオリンピック! じゃあ大会組織委員長には渡邉美樹を起用しないと(笑)。

おぐら 一億総和民!

新・ニッポン分断時代

速水 健朗(著)

本の雑誌社
2017年6月23日 発売

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はやみずけんろう/1973年生まれ。ライター。TOKYO FM『速水健朗のクロノス・フライデー』(毎週金曜日朝6:00~9:00)、同局『TIME LINE』(第1・3・5火曜日19:00~19:54)、フジテレビ・ホウドウキョク『あしたのコンパス』、日本テレビ『シューイチ』などに出演中。近著に『東京β』(筑摩書房)、『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)、おぐら氏との共著『新・ニッポン分断時代』(本の雑誌社)などがある。

おぐらりゅうじ/1980年生まれ。埼玉県出身。フリーの編集者として雑誌『テレビブロス』ほか、書籍や演劇・映画のパンフレット等を手がけている。企画監修を務めた、テレビ東京の番組『ゴッドタン』の放送10周年記念本『「ゴッドタン」完全読本』、速水氏との共著『新・ニッポン分断時代』(本の雑誌社)が発売中。

東京五輪音頭2020に抜擢されたのが“お祭り男”星野源ではなく、“ガテン系”竹原ピストルだったのはなぜ?

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