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“共感と共有のSNS”が生んだ、「書き手と読者が直接繋がれる」ことの危うさを考える

速水健朗×おぐらりゅうじ すべてのニュースは賞味期限切れである #2

中間にいた批評家やメディアが中抜きになっていく

おぐら 作り手とマスメディアの関係性が反転した部分もありますね。かつてはブロスに連載を持つことが憧れだった時代もありましたが、今は完全に逆で、「星野源が連載してるなんてブロスすごいね」というのが一般的な反応で。たとえばこれがアンアンだったとしても、以前は「アンアンの表紙を飾れるなんてすごい」だったのが、今は「○○に表紙をやってもらえるなんてアンアンすごい」という感じ。

速水 ミュージシャンや俳優が直接ファンとやり取りができる時代になると、中間にあったメディアや批評家とかが中抜きされていく。その辺はずっとコンテンツやエンターテインメントの周囲では、ファンダム問題なんかとして語られていることだけど。

おぐら 批評が求められなくなったとはいえ、これだけ動画作品や音楽が配信で溢れまくっている状況では、レコメンダーやセレクターといった目利きは必要でしょう。

速水 でもそれも、雑誌のコラムとかではなく、個人がSNSでやってる。

おぐら SNSは玉石混交になっているのがやっかいで。何の訓練も教育もされていない人たちが書いた批評っぽいものが溢れていて、多くの人がそれを参考にしているのが現状です。

 

速水 けどSNSに慣れてくると、これは観なくてもいい映画とかはわかってくるよ。この人が褒めていたら観なくていいとか。

おぐら 誰が何に賛同して、何を褒めていたかをチェックするのは、SNSの使い方として重要ですよね。極端な話、ネガティブチェックとして利用するためにフォローしている、なんてケースもあるかもしれない。そんなこと表立っては言えないですけど。

速水 信者が騒ぐ。なんだろう。セクハラが話題になっても、サロンのメンバーがみんなでなかったことにしてくれるみたいな話?

おぐら 「よく知らないくせに言わないでください」って。

速水 芸能人が政治に口を出すな問題? その話はまた今度。

写真=鈴木七絵/文藝春秋

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