ピピピクラブ、連載コラム……「TV Bros.」定期刊行終了から読み解く“雑誌ビジネスが抱える問題”より続く>

ネット上でさえ、本音を言うことが規制されはじめてる

おぐら 読者投稿ページの視点を更新できなかったことに加えて、2000年代以降はテレビが相対的に弱体化して、テレビ雑誌ならテレビの揚げ足とりみたいなことをやってないで、おすすめのいい番組を紹介してください、というムードになってきたのもあります。実際にそういう苦情もくるようになりましたし。つまり、テレビはみんなが見るものじゃなく、テレビを好きな人が見るものになってきた、という。

速水 テレビが弱体化したってよく言われてるけど、実際は都会に住んでいる人たち以外と高齢者にはすごく影響力を持ってる。

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おぐら 完全に弱体化したとは言えないのか。

速水 特にステイホーム以降のコロナウィルス特需は、テレビもラジオも極めて大きい。だからずっと「第二波」は来るぞって言ってる感すらある。

おぐら コロナ禍のワイドショーは、何かにつけてやたらと煽ってきますよね。

速水 それと、ブロスは表のメディアが言えなかった本音が読みたいっていう市場を開拓したわけだけど、それが一時期インターネットに入れ替わったのは事実。でも今はネット上でさえ、本音を言うことが規制されはじめてるでしょ。

 

おぐら うっかり否定的なことを書くと、知らない人からも苦言を呈されます。

速水 テレビ局や芸能事務所、百歩譲って熱心なファンから怒られるのはまだわかるけど、何の利害関係もない人から注意されるのが現代のインターネット。

おぐら 怒るほうも書くほうも、ただの悪口と批評の区別がついてない感じはあります。

速水 ネット上の誹謗中傷についての問題は、書いている人たちの多くは正しい行いであると思ってるんだよね。普通、誰かを攻撃するとやましいっていう感情が生まれるんだけど、叩いてもいい人認定をして、正義を背負っているので、やましくないっていう自覚のもとにやるからたちが悪い。しかも、その叩く人数が多くなると、自分の正義が証明されたって勘違いするから、ますます強く叩いてもいいと思ってしまう。

おぐら 共感と共有のメディアという、SNSの負の側面が露骨に出てますよ。

時代に追いつかれたテレビブロスが2020年まで勝ち残ったのは……

おぐら 悩ましいのが、もともと斜に構えたテレビ批評の雑誌として創刊し、それが読者にも受け入れられ、大きなムーブメントにもなった。でも時代が変わり、その視点が古くなってきたと自覚した時点で、編集部としてはコンセプトごと一新すべきだったのかって。

速水 自分のやり方が古くなったと認識するのは難しいし、わかっても訂正するのはもっと難しい。

おぐら たとえ古臭くなっても、マンネリズムを承知で続けることに意義が出てくる場合もあるじゃないですか。

速水 時代を先取りしたモデルを確立した以上、時代が追いついて、追い抜かれた時点でもう、役割を果たしたってことなんじゃない。1987年に創刊して、それが2020年までどうにか続いたっていうだけで、よくがんばりましたってこと。

おぐら 役割を果たしたはずのブロスが2020年まで続いた要因としては、コラムの連載陣がどんどんメジャーになっていった、というのもあります。爆笑問題や松尾スズキさんもそうですが、2000年以降では「ポリリズム」リリース直前のPerfumeと、ソロデビューの3年前の星野源さん。どちらも2007年に連載がはじまっています。

爆笑問題 ©文藝春秋

速水 今そのラインナップを今聞くと、もはや日本のトップクリエイターが連載してる雑誌に思えるもんね。そこは映画秘宝と並べて語ってはいけないところかも。星野源とPerfumeだもんね。

おぐら ただ勘違いしちゃいけないのは、別にブロスがあったからとか、ブロスのおかげでメジャーになったわけではないですからね。

プロとアマチュアの境界が曖昧化によって余裕がなくなったメディア

速水 まぁでも、ブレイク前の人を起用するっていうのは大事なこと。これが先行投資だとしたら、とんでもないリターンになったわけでしょう。

おぐら まだそれほどメジャーではない人を起用するっていうのも、余裕がないとできないことで。今って深夜ラジオのパーソナリティですら、人気者になった証みたいになってるじゃないですか。