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2020/06/07

genre : ニュース, 社会

離脱者相次ぐ神戸山口組

 2016年に続いて再び池田組の若頭が撃たれたことについて、別の指定暴力団幹部は、次のように語る。

「前の頭が撃たれた事件についての返し(報復)もまだなされていない中で、また撃たれた。それだけでなく、最近は神戸(山口組)側から離脱者が続いている。神戸側は、この先どうやって立て直していくのか」

 昨年12月、いまの神戸山口組の姿を象徴するような出来事があった。

神戸山口組の井上邦雄組長 ©時事通信社

 神戸山口組は神戸市内で年末恒例の「納会」を開催。同組組長の井上邦雄ら最高幹部らが出席したなかで、重鎮とも呼ぶべき太田守正が欠席したのだ。さらに、太田が率いる太田興業が解散を宣言し、暴力団業界に動揺が広がった。

 6代目山口組幹部が、太田興業について解説する。

「5代目(山口組)時代には、組長の渡辺芳則の出身母体である山健組が圧倒的な地位を占めていた。さらに山健の下の組織も知名度は圧倒的だった。その一つが、太田興業だった。

 例えば、初対面の人に名乗る際には『山口組のどこの組の……』となるが、山健の組織は山口組でも、さらに山健組でもなく、いきなり『太田興業の……』と名乗る。それほどヤクザ業界では名が通っていた」

 太田興業は山口組山健組の傘下組織で、いわば3次団体になる。それでも知名度は業界では1次団体並みだった。

 神戸山口組からの離脱は太田興業だけでない。年が明けた2020年1月には誠会が解散。同年5月には神戸山口組の発足時のメンバーだった幹部、雄成会の高橋久雄が引退を表明し、雄成会自体も解散した。雄成会は京都市に拠点を構えており、かつては地蔵組を名乗っていた老舗のテキヤ組織だった。

 高橋は昨年、意外なところでも名前が挙がった有力幹部だった。6代目山口組系の元組員の襲撃の対象となり、危うく難を逃れたことがあったのだ。

 2019年11月、尼崎市内で神戸山口組幹部の古川恵一が、6代目山口組系元組員、朝比奈久徳に射殺される事件が発生した。「M16」という自動小銃が犯行に使われて話題になった事件だ。古川を銃撃した朝比奈は、事件後に車で京都に向かったが、京都市内で警察に身柄を押さえられた。

尼崎の事件で関係者に流出した写真には自動小銃とみられる凶器が

 その取り調べで、朝比奈は「京都で別の神戸山口組の幹部を襲うつもりだった」と供述しているが、その「襲うつもりだった幹部」が、高橋だったのだ。京都市内で朝比奈が身柄を確保されたのは、雄成会の事務所まで数キロの地点。もし京都府警が朝比奈を発見していなければ2つ目の事件が起きていた可能性は大きかった。