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特集観る将棋、読む将棋

2020/06/08

「打率を落とさないままに、首位打者や本塁打王といったタイトルを期待される選手になっているということでしょう。階段を登っている時だと思います」

 時代を駆け上がっている天才少年との直接対決が実現に近づいた一夜がある。7月5日、王座戦挑戦者決定トーナメント準決勝で渡辺は永瀬拓矢七段に勝ち、挑戦者決定戦に進出した。もう一方の準決勝の顔合わせは斎藤慎太郎七段と藤井で、翌6日が対局日だった。

「勝った日の夜は言われましたよ。『藤井君が来たら大変ですね』とか、初タイトル戦が懸かる一局になるから29連勝の時より報道陣が来るんじゃないですか、とか。いつもの特別対局室(18畳)じゃ収まり切らないから、大広間(通常はそれぞれ12畳の「高雄」「棋峰」「雲鶴」という独立した3室の対局室だが、部屋と部屋を隔てる襖を開け放って36畳の1室としても使用することが可能。一局の将棋の舞台になるのは極めて異例)でやるしかないかな、とか。とにかく、まずは自分が勝っていかないといけなかったから藤井君の事は意識してなかったですけど、準決で勝って、初めてイメージとして湧いてきました」

 翌日、藤井は斎藤に敗れ、大一番での初対決は現実のものとはならなかった。どんな心境だったのだろう。

「戦わずに済んでホッとしたような気持ちもありましたし、騒ぎになって、自分が騒ぎの中で指すということはやってみたかった、という気もします。両方ですね」

 若手の台頭、現代将棋の変容など時代がドラスティックに移り変わっていく中、2017年度の渡辺はかつてない苦戦を強いられた。代名詞のようになっていたタイトルである竜王を羽生に奪われ、順位戦A級からの陥落という誰も想像し得なかった事態も発生した。通算21勝27敗とデビュー18年目にして初めての負け越しを経験したが、3月に棋王を防衛してからは復調し、18年度は再び高勝率を挙げている。普通に戦っていれば過去の自分に戻れる時代ではない。一見するだけでは我々には分からない領域の改良や進化を求めることで、自らを取り戻し始めている。

「まだ半年ですからサンプルとしては弱いです。1、2年くらい巻き返すことが出来たら変化したと言えるのかもしれない」

羽生世代みたいな“何かが起きている世代”なのかもしれない

 藤井と棋界の将来像について、渡辺は興味深い視点を持っている。

「今、奨励会の2級から初段くらいに小学生がたくさんいるんです。過去にこんなことはありませんでした。もしかしたら、羽生世代が出現した時みたいに(革新的な)何かが起きている世代なのかもしれないし、ソフトの影響とかで単純に仕上がりが早くなっているだけかもしれない。でも、もし今の小学生の中の誰かが次の中学生棋士になったりしたら、何かのバランスが崩れていることになりますよね。今までは15年とか20年に1人だったのに」

 次世代において、藤井は唯一無二の存在で在り続けるか、新たに勃興する集団の先駆者に過ぎないか。まだ計りかねる部分があるという見解を示す。

「例えば、彼らが5年後くらいに新しい世代を形成したら、積んでいるエンジンが今までと全く違うものっていうことになりますよね。となると、子供の頃から同じようなアプローチでやっていかないと太刀打ち出来なくなるという方法論が確立されることにもなりますから」

 制御できないような何かが生まれる可能性を、時代の前を行く者として渡辺は知覚している。全ては歴史が証明するのを待つしかない。先のことは誰にも分からない。だから心躍るのだ、とも言える。戦う者も、見つめる者も。

 例えば5年前、藤井聡太のような天才の出現を、いったい誰が予見出来たと言うのだろう。

※インタビューは2018年9月中旬に行われた。

【前回】「せめて高校生になってから…」藤井聡太七段を迎え撃つ渡辺明棋聖が3年前に予言していたこと を読む)

天才 藤井聡太 (文春文庫)

徹, 中村 ,博文, 松本

文藝春秋

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