「文藝春秋」7月号の特選記事を公開します。(初公開:2020年5月21日)
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東京都医師会の会長職にある尾崎治夫医師は、新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、医療現場のひっ迫ぶりを理解しようとしない政権に、いつも苛立っていた。
「国会のなかで閉じこもっていないで現場を見に来い!」
何度、筆者はこの言葉を聞いたことか。
医療崩壊寸前だった東京都
東京都の感染者は、3月下旬にかけて急増した。一ケタ台だった1日の感染者数が、25日に41人を記録し、翌日から47人、40人、63人、68人と高止まりの様相を呈している。4月に入って、とうとう100人の大台を超えた。
病床の確保さえままならないなか、このペースで増えていけば、感染者を受け入れる病院が崩壊しかねない。欧米では感染者があふれた病院の医師や看護師が切羽詰まった様子で助けを求めている。その映像が、脳裏に焼き付いて離れない。
PCR検査を増やせば、感染者が増えるのは目に見えている。無症状や軽症の人がほとんどだが、その人たちも病院に隔離しなければならない。泣きながら治療に当たる看護師の話も聞いた。欧米のような医療崩壊の悪夢は、この東京で見たくはない。
一方では、感染者と知らずに治療に当たる医療従事者が院内感染の危険に晒されるケースが増えていた。骨折で運び込まれた患者が感染していたとか、心不全の患者に気管内挿管をしたら、感染していることが後に判明したケースもある。当然、その場にいた濃厚接触者である医療従事者は、戦列を離れなければならない。
若者たちに等身大の言葉で語りかける
PCR検査を拡大しても、抑制しても大きな悲劇が待ち構えている。この二律背反の難題に取り組むには何が必要かを尾崎は考えた。
一つは緊急事態宣言を発出して、新たな感染者を極力抑えることだ。若者が海外旅行に行ったり盛り場でクラスター(集団感染)を形成したりしていることが指摘されていた。
尾崎はFacebookで若者に語り掛けた。
「(自粛は)もう飽きちゃった。どこでも行っちゃうぞ…。もう少し我慢して下さい。生きていることだけでも幸せと思い、欧米みたいになったら大変だと思い、密集、密閉、密接のところには絶対行かない様、約束して下さい。私たちも、患者さんを救うために頑張ります」